
警察・検察のネグレクト
韓国の憲法裁判所は4月4日、ユン・ソンニョル大統領の罷免を決定しました。昨年12月3日の非常戒厳(戒厳令)は内乱だったわけですが、では内乱は終わったのか。12・3戒厳令の真相は明らかになったのか。警察、検察の捜査はまったく進展していません。
以下にあげる部分だけでも真相が明らかになっていません。
第一に、12・3非常戒厳の同調勢力、共犯者は誰なのか。戒厳令直後の12月11日に国会で行われた非常戒厳関連緊急懸案質疑で、ハン・ドクス国務総理は、非常戒厳宣布の直前に行われた国務会議(日本の閣議に相当)で「全員が非常戒厳に反対した」と述べています。ところが、憲法裁判所の第4次弁論期日(1月20日)で戒厳令を事実上企画したキム・ヨンヒョン前国防省長官は「(非常戒厳に)同意した人はいましたか」という質問に「同意した人はいました」と答えています。重ねて「それは誰ですか」と質問されると「私から申し上げるのは困難です」と答えたのです。
国務会議で非常戒厳に賛成した長官がいたのです。これは内乱罪を幇助(ほうじょ)したことになりますから、捜査対象になります。この捜査が行われていません。
さらにユン・ソンニョルの参謀たちが、非常戒厳解除の後に次々と自分の携帯電話を変えているのです。12月4日の夜、大統領安家(アンガ、安全家屋の略で記録が残らない場所)で、イ・サンミン前行政安全省長官、パク・ソンジェ法務省長官、イ・ワンギュ法制処長、キム・ジュヒョン大統領室首席秘書官の4人が秘密の会合を行っています。
彼らはこの秘密会合を何と説明しているか。「前々から忘年会の約束をしていた」というのです。戒厳令の翌日に忘年会の約束を優先しますか。この会合の後に、4人のうち3人が携帯電話を交換して、古い電話を捨てています。また大統領室のカン・ウィグ附属室長は携帯電話だけでなく、自分が使っていたパソコンも交換しています。
他にも携帯電話を変えたことがわかっているのは、キム・テヒョ国家安保室第一次長、ホン・チョルホ政務秘書官、イ・ドウン広報首席秘書官、イ・ギジョン儀典秘書官、ユン・ジェスン総務秘書官、チョン・ジンソク秘書室長などです。彼らの携帯電話は捜査の対象です。押収しなければならない証拠です。
「不正選挙」のでっち上げを狙う
12月3日の非常戒厳宣布の後、戒厳軍が国会に押し寄せましたが、もう一カ所、戒厳軍が侵入したのが中央選挙管理事務所です。中央選管のサーバのデータをコピーするか、サーバそのものを持ち出そうとしました。また戒厳軍は、5人の宿直の職員から携帯電話を取り上げて、首都防衛司令部の地下バンカーに移送して、そこで職員らに拷問を加えて、「昨年4月10日の総選挙は不正選挙だった」という証言を得ようとしていました。
首都防衛司令部から中央選管事務所に派遣部隊を送るときに、ヨ・イニョン防長司令官はチョン・ソンウ防諜司令部第一処長に「選管委に検察と国情院(国家情報院)から来る」「重要な任務は検察と国情院で行うので、彼らを支援せよ」という指示を出しています。その指示を受けた現場の兵員はそれをメモしていました。そのメモを検察は確保しています。このメモによって検察が戒厳令に関与していた疑いが濃厚なのですが、検察は捜査しようとしません。
繰り返された北朝鮮への挑発
さらに戒厳令の大義名分を作るために、北風工作と呼ばれる、北朝鮮への挑発行為が行われていました。一昨年の10月、二度にわたって北朝鮮の首都・ピョンヤンに無人機が侵入しました。当初は韓国の脱北団体によるものと言われていましたが、韓国軍が行ったことが明らかになっています。北朝鮮はこれに反応しませんでした。
また韓国海兵隊が北方限界線(NLL)一帯で砲撃訓練を行いました。過去のケースでは北朝鮮はこれに反撃していたのですが、今回はしませんでした。
キム・ヨンヒョン国防部長官は、北朝鮮からゴミの 風船の飛来に対して、合同参謀本部に「原点打撃」すなわち「北朝鮮の領土を砲撃せよ」という命令を下しました。さすがにこれを実行すると全面戦争になるので、韓国軍の合同参謀本部は拒否しました。さらには韓国軍のアパッチヘリ(攻撃ヘリ)をNLL付近で北朝鮮のレーダーに捕捉されるように高空で飛行させました。ところがこれを北朝鮮は撃墜しませんでした。
特殊部隊が破壊工作
ユン・ソンニョルの下で12・3非常戒厳宣布を企画したのは、キム・ヨンヒョン国防部長官とノ・サンウォン元防諜司令官の他にもう一人いました。ノ・サンウォンは民間人なのですが、非常戒厳に関連していたばかりか、北朝鮮に侵入して施設破壊や要人暗殺を目的とする特殊部隊・HIDを指揮していました。戒厳軍にはHIDから40人が参加していました。その内の5人は中央選管に侵入しました。残り35人は、5人1組のチームに分けられ、それぞれ小型爆弾が渡されました。それを使って最新鋭のF35戦闘機が駐屯するチョンジュ空港とサード(THAAD)基地を爆破する任務が与えられていまし。THAADは米軍の高高度防衛ミサイルです。非常戒厳宣布の3週間前に民間業者に作らせた北朝鮮人民軍の軍服がHIDに納入されています。
12月4日午前1時2分に非常戒厳が解除されたとき、戒厳軍は自らの判断で原隊復帰しているのですが、HIDから参加した戒厳軍に参加した部隊が原隊復帰したのはずっと後の12月25日でした。彼らも当然捜査対象です。
500人を逮捕・殺害する計画も
最大の捜査対象はなぜ民間人であるノ・サンウォンが非常戒厳の謀議に加わったばかりでなく、軍を指揮していたのか。韓国の検察はノ・サンウォンの手帳を押収しています。それを韓国MBCの取材班が公開しました。その手帳には次のようなことが書かれていました。
「次期大統領選挙に備えてすべての左派勢力を崩壊させる」。その下に「回収チーム」の構成と「収集所の運用」という記載があります。「収集」とはゴミの収集を意味します。「ゴミ」とみなした人物を「回収」し、それらをどこに集めるか。国会のある「汝矣島(ヨイド)」は30~50人、「メディア」は100~200人、「民主労総、全教組、民弁、御用判事」などあわせて500人余りを「収集」すると書かれていました。
続いて「回収対象の処理方法研究」と「回収後の護送時対策」という記述があります。500人の中でA級に分類されているのが、イ・ジェミョン共に民主党代表。イ・ジェミョン代表に無罪判決を出したキム・ミョンス前最高裁長官とクォン・スンイル前最高裁判事の二人は丸印付きで挙げられていました。他にもチョウ・グク前議員、ムン・ジェイン元大統領、イ・ジュンソク議員、作家のユ・シミン氏らの名前がA級としてあがっていました。
「回収A級処理方法」として「延坪島に移送」と書かれています。その下に「ガス」「爆破」「沈没」「撃沈」という殺害方法に関する記述があります。今回の12・3非常戒厳では、ユン・ソンニョルの長期執権のためにA級をはじめとする500人を逮捕し、殺害する計画が存在していたのです。その任務についていたのがノ・サンウォンです。ところがこれについてまったく捜査がされていません。いまだに12・3非常戒厳の真相は明らかになっていないのです。
民主化された韓国でなぜ戒厳令という事態が発生したのか。私は韓国は依然として「ファシズムDNA」あるいは「軍事独裁DNA」が清算されていないことにあると思います。(つづく)
