
ユン・ソンニョル弾劾の「応援棒」集会に対抗して、「ユン・ソンニョル擁護」と「弾劾却下」を要求する集会が開かれました。いわゆる「太極旗(テグッキ)部隊」の集会です。この中心になったのが極右プレタスタントです。
韓国でキリスト教といえば、1970年代の韓国民主化運動の重要な主体でした。60年代の民主化運動の主体は知識人と学生でしたが、70年代の維新体制の下で唯一合法空間を持っていたのが教会でした。
しかし当時においても、韓国のプロテスタントの中で進歩派は少数でした。多数派は保守が占めていました。この少数派の進歩プロテスタントを海外の教会、特にWCC(世界キリスト教協議会)が支援しました。それを仲介したのが、非公開で結成されたキリスト教民主同志会です。このようにして少数派だった進歩プロテスタントが民主化運動の重要な主体になったのです。
極右プレタスタントの街頭進出
多数派だった保守は、分裂していたということもありますが、政教分離で政治に関与しませんでした。ところが1980年代末から保守・進歩の勢力関係が逆転します。その背景には韓国経済の成長があります。韓国の輸出実績は、1960年には3282万ドルだったのが1977年には100億ドルを突破し、2021年には6445億ドルまで急成長を遂げました。韓国は今や世界第10位の輸出大国です。一人当たりの国民所得も1953年は世界最貧レベルの67ドルから2021年には3万5373ドルと大幅に伸びています。
こうした経済成長を背景として韓国国内では、巨大なプロテスタント教会が次々と生まれました。「世界50大プロテスタント教会」の内、23カ所が韓国の教会です。ソウルの汝矣島純福音教会の信者数はなんと70万人を超えています。
韓神大宗教文化学科のカン・インチョル教授は、韓国の保守プロテスタントについて次のように述べています。
「1960年代から韓国では、精霊体験を通じた再生を強調しながらも、健康や財物のような現世的祝福を強調する、新五旬節主義(※)信仰が広がります。イエスを信じて救援されるという霊的祝福が、財物・物質の祝福、治癒・健康の祝福まで伴うという救援論です。富の追求が貪欲として非難されるどころか、神の祝福の証拠として肯定的に再解釈されるなかで、韓国プロテスタントは『富と健康の宗教』として再生したのです」
1980年代末以降、巨大な経済成長を背景としながら、保守プロテスタントは従来の政教分離論を捨てて直接的な社会参加・政治参加へと路線転換し、街頭に進出を始めました。
「敵は北朝鮮」―南北和解路線に危機感
その契機は二つです。一つは、キム・デジュン政権とノ・ムヒョン政権が南北和解・協力路線を推進したことです。韓国プロテスタントは解放後、北朝鮮から越南してきたクリスチャンによってその数が急増しました。日本植民地時代のプロテスタントの中心はピョンヤンにありました。北朝鮮に社会主義政権が成立したために教会が弾圧されました。そのため多くのクリスチャンが韓国に逃げてきました。「越南クリスチャン」と呼ばれた彼らは徹底した反共主義者でした。彼らは解放後の韓国キリスト教会の中心になりました。
またアメリカは教会を通じて韓国への援助物資を配りました。そのため、雨後のタケノコのように教会ができました。また教会に行けば援助物資がもらえるということで、クリスチャンがさらに急増します。
韓国の保守プロテスタントはこうした反共・親米というルーツを持っているのです。彼らにしてみれば、「敵である北朝鮮と和解するとは何たることか」ということだったのです。
民主化の翌年の1988年2月、韓国キリスト教教会協議会(NCCK)は「反共イデオロギーを宗教的な信念のように偶像化し、北朝鮮の共産政権を敵対視した挙げ句、北朝鮮の同胞や、私たちと理念を異にする同胞を呪い、罪を犯したことを告白」するという「民族の統一と平和に対する韓国キリスト教会宣言」を発表しました。
「同性愛を認めるのか」―差別禁止法への反発
この「宣言」に反発した保守プロテスタント界が総結集して、韓国キリスト教総連合会(韓キ総)を結成します。韓キ総が政治に関与することになったもう一つの契機は、2007年にノ・ムヒョン政権が立法予告した差別禁止法です。これに対して韓キ総が中心になって結成した「正しい性文化のための国民連合」が反対運動を繰り広げます。「同性愛を認めるのか」ということです。
彼らが配布した動画『差別禁止法の隠された真実』では「国を愛する愛国者よ! 北韓が核で挑発している今/私たちが『差別禁止法』を防がなければ/国家保安法が無力化されて従北勢力によって結局、南ベトナムのように滅びることになるだろう/私たちの青少年は、同性愛で病気にかかって自殺することになり、逆差別によって社会的共感を持つ大多数の国民が犯罪者になるだろう/南南葛藤を起こして社会的混乱を引き起こす北勢力に、巻きこまれてはならない!」と呼びかけています。そして差別禁止法が通過すれば「牧師が説教時間に同性愛を批判しても罰金を科されることになる」ということで、差別禁止法に反対して街頭に進出していきました。
誤解を恐れずにいえば、韓国社会の最大の市民団体は極右プレタスタントです。
「弱者への共感能力ゼロ」のエリート層
民主化以降の韓国社会のもう一つの病は、競争・優越教育によって形成される特権エリート層です。韓国の統計庁が3月13日に「2024年小中高私教育費調査結果」を発表しました。「私教育費」とは学習塾や予備校などにかかった費用のことです。それによると2023年の私教育費の総計は29兆2000億ウォン(約2兆9670億円)です。小学校入学直前の5歳児の私教育参加率は81・7%にのぼります。英語幼稚園の月平均費用は154万5000ウォン(約15万7000円)で、4年制大学の平均授業料の2倍超です。
このような高額の私教育を受けることができるのは、年収2000万円以上の裕福な家庭に限られています。こうした優越的な教育が韓国の格差社会をさらに進行させています。高額の私教育による小中高の席次1位、2位、3位がSKY(ソウル大、高麗大、延世大)の医学部や法学部に進学し、医療・官僚・法曹人・大企業のエリート特権層を形成しているのです。
韓国経営者総協会が3月16日に発表した統計によると、300人以上の事業体(大企業)の常用職の年間賃金総額は7121万ウォン(約719万円)です。これに対して300人以下の事業体では4427万ウォンで、大企業の62・6%でしかありません。
また韓国はOECD加盟国中、高齢者の貧困率がトップです。理由は簡単です。韓国で国民年金制度が導入されたのは1992年です。それまでは、公務員、軍人、教員や企業年金に加入していない人は無年金だったのです。そのため韓国の高齢者の貧困は深刻な問題になっています。
その対極にある特権エリート層のひとりがユン・ソンニョルなのです。彼の思想を端的に指名しているのが、大統領候補時代の次の発言だと思います。これは2021年7月19日の毎日経済新聞のインタビュー記事です。
「お金のない人には、不良食品(賞味期限切れなどの食品)でも安く買って食べる選択の自由を与えなければならない」
ユン・ソンニョルの言う「自由」とはこんなものなのです。こうした傲慢で道徳の欠如したエリート官僚が韓国では形成されているのです。彼らの決定的な欠陥は、「弱者への共感能力がゼロ」ということです。だから「貧乏人は賞味期限切れの食品でも食べていればいい」というようなことを平気で言えるのです。
韓国社会を変える「広場民主主義」
韓国・中央大学のキム・ノリ教授は、こうした現在の韓国社会を「後期ファシズム」と呼んでいますが、もう一方で韓国の民主化も進展しています。4月4日に憲法裁判所の判決が下された日、韓国に17の広域自治体がありますが、その内10の広域自治体の教育長が小学校・中学校・高校に授業時間中に憲法裁判所の罷免決定のテレビ中継を見てもよいという通達を送りました。韓国では教育長を住民の選挙で選びますから、進歩的教育長のいる自治体ではこうしたことが可能なのです。
ハンギョレ新聞は判決の瞬間の様子を次のように報道しています。「仁川の小学校でも、ソウルの中学校でも、光州の高校でも学生は安どして拍手した」「ソウルのある中学校では学校全体が鳴るほどの歓声が上がった」私は、これが韓国の「広場民主主義」を強くしているのだなと大変感動しました。これが「後期ファシズム」を徐々に上回るようになっているのではないかと思います。(おわり)
(※)五旬節主義とは20世紀初頭にキリスト教新教の中で生まれた運動で、聖霊の働きを重視し、特別な霊的体験や賜物を信じる教派
