
5月18日午前0時をもって、正式に原発ゼロを迎えた台湾。そのカウントダウンの瞬間をアジア〜台湾、韓国、インド、インドネシア、タイ、フィリピン、トルコ〜の反核仲間と一緒に迎えられた嬉しさは言葉で表わしようがない。台湾では第4原発(三菱、日立など日本製)は、燃料棒を入れることなく凍結に持ち込んだ。その壮絶なたたかいぶりを思い出すと、胸が締めつけられる思いがする。
第1、第2、第3原発はそれぞれ2基ずつあり合計6基が動いていたが、いずれも法律に従って40年運転したら停止してきた。とうとう最後に40年を迎えたのが第3原発の2号機だった。5月17日深夜をもって全ての原発が停止したことになる
しかし、台湾の環境保護連盟の仲間たちは警戒心を解いていない。脱原発を目指す与党民進党に対し、野党(国民党と民衆党)が組んで再稼働を可能にする法案を通してしまったからだ。停止したばかりの第3原発の所在地、屏東県を私たちは訪れたが、県長さんも反対同盟も、「この豊かな土地を未来に引き継ぐために、廃炉に全力をあげる」と毅然と語られた。
この文字を関電・東電に
台湾の人々に根付いた民主主義に敬意を表し、学んで、私たちも着実に脱核の道を歩みたい。写真は、台湾電力本社ビルに映し出されたノーニュークス台湾、ノーニュークスアジアのライトアップ。泣ける! 写真ご覧ください。いつの日か、関電、東電本社に、この文字をライトアップしましょう。(「子ども脱被ばく裁判の会」共同代表)
「命こそ第一」守りぬけば、核なき世界は必ずやってくる
アジアの各地で、核のない世界を目指して、日夜奮闘している皆さんと、こうして出会うことが出来て、本当に嬉しいです
日本が行ったアジアの人々への加害の歴史を決して忘れることなく、目の前の核廃絶という共通の課題実現に向けて共感しあい、共に学びあってきたNNAFの歩みは、アジア反原発運動の新しい連帯の歴史を築いてきました。30年余に及ぶノーニュークス・アジアフォーラム(以下NNAF)の活動がきっかけになって、数々の活動が生まれたことでしょう。私のかかわったその一例をあげてみましょう。
台湾の「第4原発反対」を訴え、林義雄さんが無期限ハンストを始めたというニュースに衝撃を受けた私たち主婦4人は、即座に「核四建設凍結」緊急署名を日本の著名な反核活動から集めて、馬総統に届けるために訪台しました。NNAFを通じて林義雄さんのお人柄を知っていたからです。この国際連帯を『自由時報』と『聯合報』が写真と共に、大きく報道してくれました。結果的には50万余の台湾民衆の決死の脱核行動は、遂に第4核電の建設を凍結に持ち込んだのです。この素晴らしい実力行動に連帯できたことがうれしく、いつか日本でも絶対に実現したいものだと、この日以来ずっと思い続けています。鮮烈な記憶です。
NNAFのつながりで韓国ともつながりました。福島の若者9人を韓国サムチョクの方々が1週間、交流と保養に受け入れてくださったことがあります。その経験が元で、韓国留学を果たした福島の若者は、今や両国の懸け橋になっています。
韓国の仏教団体から1週間にわたってお招きを受け、全原発所在地を回って歩いた2人の反核おばちゃんは、地元住民と共にデモをし、元気な現実に触れました。夜はろうそく集会に参加し、韓国住民運動の熱い信念に感動しました。2人は、「一旦原発事故が起きると、日常生活が土台から壊されてしまう悲劇が住民を襲うことになる」と一生懸命に伝えました。韓国との交流の中でのことです。ご高齢の方で、私たちが日本人だと聞いた途端に、青ざめ厳しい表情になる方に出会うことがありました。「自主住民投票の手伝いに来てくれたんだよ」という地元プアンの方の助太刀で、やっと気持ちを鎮めてくださったのですが、侵略戦争の傷の深さに初めて触れ、あふれ出る涙をこらえて、お詫びをしました。アジアの人たちと、苦労の多い反核の道を歩むことの意味を心の底からとらえ直した瞬間でした。
佐藤大介らが種をまいたNNAFは、こうやってタンポポの種がはじけるように参加者によって無数のアクションがアジア各地で生み出されている事をとても大切に思います。
日本は、今も緊急事態宣言下にあります。日本の法律では被ばく限度を年間1ミリシーベルトと決めていますが、福島の人たちだけ、今も年間20ミリシーベルト基準の環境におかれたままです。日本ではダブルスタンダードの被ばく基準があって、福島では大人の5~7倍放射線に敏感な赤ちゃんまでもが、常軌を逸した年20ミリシーベルト基準の環境に放置されているのです。この非人道的な国際基準を定めているのがICRPという核産業からの寄付で成り立つ国際的な民間研究団体です。ICRP2007年勧告によれば、事故のない平常時と、事故が起きた時では異なる基準値が適用されるように変更されました。人体への冒とくです。核保有国が核を持ち続けるには「100ミリシーベルト以下の被ばくは耐え忍べ」と、世界中の人々に強要しているのです。福島では徹底して、この100ミリシーベルト以下、つまり低線量は安全だとする政策がすすめられてきました。これが国際的なスタンダードにされることに世界中がもっと警戒しなければなりません。核汚染水を海に捨てるのも、この安全論に基づいています。
命を守るためには、100ミリシーベルトどころか、追加被ばくなどしている余裕などないのです。なぜなら1998年までの核実験数は2000回を超え、その内約3割は大気圏で行われたので、私たちの細胞は、すでに十分に内部被ばくしているうえに、環境汚染による影響や、放射性物質が持つ化学毒の影響、さらにごく微量の放射線が細胞のがん化を促進する役割を果たしているという研究結果もあるのです。
人類が生き残るためには、追加被ばくは限りなくゼロに近づける他ないのです。そのためには、なんとしても原発ゼロを実現するほかありません。すべての生物が健康に生存し続けるための不可欠の条件なのですから、核は必然的に滅びゆく宿命にあるのです。
未来の子どもの命を守るために、まずは身近な核である原発を、私たち民衆の愛の力で廃絶しましょう。その勢いは、必ず核兵器廃絶に向かうはずです。今回の国際会議が、アジアから核を追い出すための実りある討論の場となることを心から期待して、ご挨拶といたします。ありがとうございました。(「ノーニュークス・アジアフォーラム2025」5月in台湾/開会あいさつ:水戸喜世子)
