一昨年のG7広島サミットのとき、参加した各国首脳が平和記念資料館(原爆資料館)を訪れ、展示を「見た」という。「(そのとき見た)展示物は、選別されていた」と地元紙の中国新聞コラムが書いた。米国、日本政府の意向もあったらしい。
映画『二十四時間の情事』は以前にDVDで観た。1959年の公開だから、物語は被爆後10年余のころ。広島で出会った二人、岡田英次とエマニュエル・リヴァの愛…。ヒロシマとフランス、二人の記憶の背後にある戦争と戦後、ヒロシマとナチの影が一夜の愛とともに通り過ぎる。
モノクロの画面、被爆後の広島、原水禁運動のデモ、病院、被爆者の顔、「影」になった人、被爆したままのドーム、「ドーム」という名の小屋のような喫茶店…。エマニュエルが愛したドイツの青年、彼と会ったフランスの田舎ヌベールの町、閉じ込められ、髪を切られた癒しがたい記憶が蘇る。
『夜と霧』のアラン・レネが監督、日仏合作で撮影した。フランス語で交わされる二人の会話を字幕から拾ってみる。
岡田 君は広島で何も見ていない。
リヴァ すべて見たわ。広島にいるのよ。病院も見た。
岡田 君は病院を見ていない。何も見ていない。
リヴァ 4回も博物館に。
岡田 どの博物館?

リヴァ 写真、写真。果てしなく続く写真、たくさんの展示…。見たの。気持ちが沈んだわ。焦げた鉄、砕けた鉄。瓶の塊。考えられる? 苦痛を物語る焼け残った皮膚、燃えた石、砕けた石、女性たちの髪も見たわ。一晩で抜け落ちたそうよ。平和の広場は暑かった。爆発で1万度の熱、知っているわ。太陽の熱があの広場に、人々の死…。
岡田 君は何も見ていない。
リヴァ 展示品も、映画も真に迫っていた。映像は正直、だから見学者は涙を流すの。泣くしか
ないわ。私も広島の運命に、泣いたの。
岡田 君が、何に泣けるの。
リヴァ ニュース映画も見たわ。被爆2日目の映像。土や灰の下から、もう生物がはい出ていた。
犬もいた。私はずっと見ていた。その日の映像、2日目、3日目の映像…。
岡田 君は見ていない。
リヴァ 2週間目の映像、花が写っていた。ヤグルマソウ、グラジオラス、アサガオ、ヒルガオ
も写っていた。花には不思議な精気があるの。
岡田 それは思い込み…。
リヴァ いいえ、恋には忘れないという幻想があるわ。私は広島を忘れないと思った、恋のよう
に。生き残った人々。胎内にいた子どもたち。彼らの忍耐と優しさを見た。不幸な人々。かろうじて生き残ったの。運命がそう決めた。彼らの前では、想像力も役に立たない。本当よ、私はすべて知っているわ。
岡田 君は何も知らない。
リヴァ 女性は出産におびえる。永遠に。男性も同じ。永遠に。太平洋に降る黒い雨が怖い。食
べ物も怖い。あちこちの町で怒りが広がった。怒りは、だれに向けられる? 怒りの矛先は人と人との、民族と民族の、階級と階級の不平等に向けられた。
岡田 君は忘却を知らない。
リヴァ 私は記憶力がいいの。

岡田 ノン、よくない。
リヴァ あなたのように、私も全力で忘却とたたかった。だけど忘れたの。「記憶」を失った。「影と石」の記憶、恐怖とたたかったわ。なぜ忘れられないのか。理解できない恐怖。そして忘れた。だけど忘れてしまう必要がある? すべては、また始まるのよ。
太陽の熱が大地を焼いた。爆風で町全体が吹っ飛び、灰になった。新しく草木が芽生える。太田川の7つの支流で潮が満ち、引いていく。もはや、だれも気に留めない。私は、あなたに出会った。私を夢中にさせる人。あなたと出会えるなんて、不思議ね。 (博)
*病院とは、「原爆病院」のこと。新しいビルに建て替えられた現在も、看板は「広島赤十字・原爆病院」のままである。