
とにかく今でしか時間が取れない、下手をしたら入りが悪くて上映終了になるかもしれないと駆け込んだ韓国映画「ハルビン」。
凍り付いた豆満江の氷上をさまよう安重根(アン・ジュングン)の、日本軍との戦いに敗れ多くの大韓義軍の同志を失ったことに苦しむ姿から始まるこの映画。この場面を始め、朝鮮半島北部から中国東北部に至る厳しい自然、極寒の(日本の近畿に住むものには想像もできない)映像が印象的だ(ロケは主にモンゴルで行われたとか)。
映画は、安重根が1909年10月、ハルビン駅に降り立った伊藤博文を狙撃、射殺するまでの最後の月日を描く。苛烈な日本軍による抗日闘争への弾圧、拷問や甘言でのスパイ化工作、時には敗北し、仲間の裏切りにも会い、しかし、ただひたすら「日本帝国主義の朝鮮支配を拒否する」安重根の意思が描かれる。昨年韓国で公開され年間最大の観客動員数を記録したという。
ハルビンで伊藤を狙撃し身柄を拘束されたときに安重根が叫んだ言葉が「カレア ウラ!」、ロシア語での「朝鮮万歳!」であった。なぜ彼はロシア語で叫んだのか。実行直前、彼は、ロシア語を知る同志に「朝鮮独立万歳をロシア語ではどういう?」と尋ね、教えてもらった。ハルビンは当時ロシアの統治下にあり、多くのロシア人居留民も伊藤を見ようと駅頭に詰めかけていた。彼は、ロシア語で叫ぶことで「朝鮮独立を求めて、朝鮮人として大日本帝国の侵略者・伊藤博文を撃った」ということを世界に知らせたかったのだ
(このシーンが特に心に残った)。
安重根らの決起を、日本側は「単なる不満分子、テロリスト」としてわい小化して終わらせようとしたが、安重根は「日本の侵略に対する正当な大韓軍人の軍事行動であること」を法廷で強く主張した。
この映画は、日本の朝鮮「強制併合」に至る過程や、彼の思想を学ぶことのすくない日本人には少し説明不足かもしれない。たくさんの本や資料があるが、私がお勧めする一冊は金薫(キム・フン)著の「ハルビン」(新潮社/蓮池薫訳)。彼の生い立ち、故郷、家族、決起までの経緯、カトリック教徒であった教会の上部の動き―世界が朝鮮をどう見ていたかなど。何より日本による裁判の記録、安重根の陳述まで、小説の形をとりながら日本がなぜ彼の決起を小さく、わい小化しようとしてきたかがよくわかる。
ライトが暗くなってから入場したのでよくわからなかったが、終映後に出ていく人を見たら、なんと中高年の女性がほとんどだった。韓流大スターのヒョンビンが主演ということで見に来ていたのだろうか? 韓国の、日帝の植民地支配の時代を描いた映画・ドラマにはいわゆる韓流トップスターが数多く出演している。「1987」には、その一人、カン・ドンウォンが李韓烈役を自ら買って出ている(彼の大ファンである筆者は感激)。安重根役のヒョンビンはこの役のオファーに悩み考え抜いて引き受けたとか。キャストが発表になった時、日本のSNSでは「ヒョンビンが反日映画に?」などと多くの書きこみがあり日本公開は難しいのではと思っていたが、配給会社(角川)も採算が取れると判断したのだろう。「推し」がそこにいるのならどこにでも行くのがファンなのかもしれない。 「K‐POP推し」から日韓の歴史に関心をもって「慰安婦」問題に取り組む若い人たちが私の近くに何人もいる。「それで終わるかもしれないし、そこから新たな世界が広がる」人もいる。ぜひ観に行ってほしい。(蕗)
