シンポジウム「関西令和の百姓一揆」=7月12日、京都市

「自国の政府によって農業が潰されようとしている!」今年3月30日、危機感を抱いた人びとが東京都心でトラクターを連ねて行進した。「令和の百姓一揆」である。「令和の百姓一揆」では3つの要求が掲げられた。一つ目は、農家に欧米並みの所得補償を! 二つ目が、すべての国民が安心して食べ物を手にできる食の補償を、そして三つ目が食料自給率の向上を! だ。
「百姓一揆」の代表を務める菅野芳秀さんを京都に迎えてシンポジウム「関西令和の百姓一揆と食の未来」が開催された(7月12日)。登壇したのは菅野さんの他に、池上甲一さん(近畿大学名誉教授)、堀悦夫さん(京都府単語の米農家)、井﨑敦子さん(京都市会議員)、小林舞さん(京都大学特定助教)。菅野さんの話を中心にシンポジウムの内容を紹介したい。

食と農を守るための警鐘
現在75歳の菅野芳秀さんは、山形県長井市で循環型農業の実践に取り組んできた。大学卒業後、故郷に帰り「百姓を始めて」50年になる。「令和の百姓一揆」の代表となったのは「この国の食と農を守るために警鐘を乱打するため」だと話す。
1955年には約604万戸だった日本の農家数は、2020年には約175万戸まで減少した。菅野さんは「農村が農村として体をなさなくなっている」と危機感を募らせる。そして「いったいこの国は何を目指して、どこに行こうとしているのか」と農政への疑問を投げかけた。
「農家の時給10円」という衝撃的な数字は、2022年の農水省のデータに基づいて算出されたものだ。1日8時間働いても80円にしかならない。直近のデータでは、時給97円出そうだが、それでも1日働いて1000円以下なのだ。政府は20年後には、基幹的農業従者数が約120万人(2022年)から30万人に急減すると予測している。それは「日本の骨格がなくなってしまう」(菅野さん)という深刻な事態だ。
農業人口の急減はなぜ起こっているのか。それを菅野さんは自身の例をあげて説明した。「我が家の籾(もみ)の乾燥機が壊れたとき」のことだという。乾燥機は1台で170万から180万円する。時給10円の農家が買い替えるのは無理である。そこで国の補助金があるのではと思い役場に相談したという。その時、役場の担当者は「菅野さん、5年後どうなさるおつもりですか」とたずねてきた。「成長計画をだせ」ということだ。「私は無農薬で化学肥料を減らした循環農業をやっています。農薬や化学肥料使った攻撃的な農業はやりたくない」と答えると「申し訳ありませんが、補助金の対象になりません」という。
菅野さんの後を継いでいる息子さん(44)は「親父(おやじ)もう駄目だ、知り合いの工場が雇ってくれるというからそこに行くしかない」と、いよいよ離農しかないところまで追い詰められたのである。その時は、何とかお金を工面して乾燥機を更新したが、「これからトラクター、コンバインなどが壊れていくのは避けられない」。そのたびに瀬戸際に立たされる状況に全国の農家が追い込まれているのである。「封建時代は、『百姓は生かさぬよう、殺さぬよう』といわれていたが、今の政治は『生かすな、殺せ』だ。百姓に生きる道なんてないところに米作りをおいこんできた」と菅野さんは怒りをにじませた。

時間的な余裕はない
 私たちが新幹線の車窓から見る農村の風景はまだ緑に覆われている。しかし農村にはその「緑」を維持するだけの所得があるわけではない。割に合わなくても「緑」を維持し続けているのは、先祖代々守り続けてきた農地を自分の代で放棄するわけにいかないという「農民のとしての倫理観」だという。いまの農業人口を支えているのは団塊の世代である。しかし彼らも後5年すれば80代になる。そうなると営農を続けることはほとんど無理だ。このままいけば、「あたかも羊羹(ようかん)を切るようにぷつんと畑で種をまく人がいなくなってしまい、車窓から見る農村の風景が一変する日」が間違いなく到来する。「その時になって慌ててももう遅い」のだ。「農家は簡単に生まれない。農民は豊富な知識のもとに、天候、土、季節などの情報をトータルに読みながら種をまき、苗を育てるプロ。誰でもすぐにできるものではないのだ。しかも政府が推奨するような工業的な農業を始めようとすると、機械の購入費だけで数千万円を負担しなければならない。
 これから起こる米不足は、減反政策をやめて、全力で米を作ろうとしても作り手がいないという米不足なのである。菅野さんは「このような事態は弥生時代以来なかったことだと思う」と話した。つまり、これにどう対応すればよいのか、誰にもわからないということだ。「そういう深刻な危機が必ずやって来る」という予感が、「令和の百姓一揆」を企画する原動力になったという。「これは農民を助けてくれという話ではない。食の危機、農の危機を国民的な議論にかけなければならない。時間的余裕はない」のである。

菅野芳秀さん

循環型の地域自給圏構想 
菅野さんは「世界は『いのちの循環の時代』へと転換しようとしているのに、日本はいまだに『開発』『発展』を追い求めている」ため、「生存の芽生え」が潰されているのだという。だから私たちの課題は、時代に逆行する「開発・発展」ではなく、「いのちと循環のための地域づくり」なのである。そのためには、すべての人が何らかの形で「農」にかかわることである。菅野さんはそれを「市民皆農」と呼んだ。
菅野さんの住む山形県長井市では「レインボープラン」という事業を20年以上にわたって取り組んでいる。人口3万人の町から出た生ごみをすべて回収して、堆肥センターに集約して、有機肥料にしている。生ごみを土作りの貴重な資源に変えているのだ。農家はその堆肥を使って、パワフルな作物を作り、それを一般家庭食、学校給食、病院食として供給する。そこから出た生ごみを再び堆肥センターに集約し、生ごみと有機農産物が地域の中で循環する仕組みを作っているのだ。
また長井市を含む山形県南部の置賜(おきたま)地域を一つの「自給圏」として捉えて、「グローバリズムにいのちを預けるのではなくて地域社会が地域農業を支え、地域農業が地域社会を支える」という取り組みが続けられている。このようにして農民、生活者、行政が連携しながら地域自給率を高めていくことができるのだ。「農民や住民が自ら地域政策を立案して、行政を動かし、自分たちが望む地域社会に作りに踏み出していく時代に入っている」という菅野さんの訴えに希望を感じた。