
10月21日の国会で高市早苗が首班指名された。維新との野合によって生まれた、極右政権だ。すでに各方面から批判の声は上がっているが、改めて自民党の危機的現状を確認し、高市政権との対決の方向を考えたい。
衰滅の危機にある自民党
まず重要な事実として、自民党が衰滅の危機にあることを確認する。
自民党の党員数は、1991年がピークで500万人を超えたとされている。しかし、昨年の自民党総裁選挙では、党員数は105万人。今年の総裁選では、さらに14万人減って91万人となっている。
バブル崩壊直前が自民党員数の最大値で、その後80%が離党するとはわかりやすい話だが、1991年〜2024年の33年間に、毎年平均して約12万人ずつ減り続けてきた。これがこの1年では14万人減となり、衰退の勢いは止まる気配がない。
この現実が自民党を締め上げ、今回の高市政権を押し上げたグループのある種の「エネルギー」となっている。「自民党が衰退しているのは、保守としてのあり方を徹底できていないからだ」との思い込みからくる、絶望的現実からの「逃避」ともいうことができる。
3カ月の政治空白
7月20日の参議院選挙で自公与党は惨敗し、過半数を失った。しかし、直後の各種世論調査では、自民党への投票者(その多くは非党員)は「自民党敗北の要因は、景気対策の不十分さと裏金問題へのけじめのなさ」との傾向を示していた。一方、「石破内閣続投」は7割程度であった。つまり自民党投票者たちの多数は、「国政を長期に停滞させた裏金議員たちが悪い」と考えていたことになる。
にもかかわらず、高市、麻生派(いまだ派閥を解散してない)、旧安倍派ら、石破執行部に怨念を持つ部分が野合し、石破おろしに踏み切った。これまで高市は口先とはいえ積極財政出動方針で、麻生は真逆の緊縮財政主義である。国政の「一丁目一番地」で真逆の方針を掲げているのだから、野合としかいいようがない。
異例の「自民党総裁前倒し選挙」は冗長な「フルスペック」方針となり、投票日は10月4日となった。多くの労働者住民にとっては、10月1日は「ペットボトル飲料が200円にも」という生活防衛の節目の日だったが、自民党はどこ吹く風で権力闘争に埋没した。
結果は麻生派が全力で高市を応援したことにより、小泉進次郎との決戦投票で高市が総裁選挙には勝利した。
が、ここから事態はさらに混迷する。公明党が高市新執行部に連立離脱を通告するのである。
その大きな原因ひとつは、本来なら総裁選直後に、高市が連立相手の公明党に真っ先に挨拶にいく慣行を無視し、国民民主党の玉木代表と最初に密談したこと。
さらに、自民党新執行部に麻生太郎を副総裁、鈴木俊一(麻生太郎の連れ合いの弟)を幹事長、萩生田光一を幹事長代行にした。特に「裏金と統一教会」を代表する人格である萩生田の要職登用は決定打となった。公明党は、執行部から各種地方組織までの会合を急ピッチで重ね、10月10日、斉藤鉄夫・公明党代表は高市・自民党総裁に、連立政権からの離脱を伝えた。
この事態を受け、国民民主党の玉木代表は「自分たちが連立に入っても過半数にならない」として、自民党との連立に尻込み。なお、この時点で自民党は玉木代表に財務大臣のポストを提示していたとされる。
国民民主党の連立入り尻込みをみて、立憲民主党は国民民主党と維新に「野党連立」を呼びかけ会合を始める。このとき、玉木代表は「政局のキーマン」としてかつてなく注目を集めるが、ここで維新が「第二自民党」の本領を発揮し、野党会合と並行して秘密裏に自民党と連立交渉を重ね、最終的に維新と自民党が連立することに決まった。
そして、10月21日に高市が国会で首班指名された。
以上、労働者住民の生活苦を無視し、激動する国際情勢から切り離された空疎な3カ月の「政治空白」について簡単にみてきたが、ここに計画性や整合性を見出すことはできない。
したがって現時点で言えることは、「高市政権(自民・維新政権)は凶暴である。ただし、行きあたりばったりである」ということになる。既存のモラルなど度外視した凶暴さと、極端な脆さが背中あわせになった高市政権の特性を見据え、今後のたたかいに踏み出していこう。
次期衆議院選挙問題
高市政権が進める安保防衛政策、原発推進など批判すべきことは多いが、今回は次期衆議院選挙問題について、『産経新聞』を参考に述べる。
現在の衆議院の議席数は
自由民主党・無所属の会 自民 196
立憲民主党・無所属 立憲 148
となっている。『産経新聞』の試算よれば、公明票が離れることで、自民党は52議席を失い、そのうち39議席が立憲に、「自民144、立憲187」とのことだ。
次のようにも指摘している。
「さらに細分化して市区町村レベルでみると、公明の比例得票率が40%を超える地域もあった。沖縄県の先島諸島にある多良間村では、比例代表に投票された約431票のうち、44.5%にあたる192票が公明票だった。1万以上の投票があった地域でも、沖縄県名護市では2万5152票のうち、公明票が4分の1に上った。多良間村を含む沖縄4区、名護市を含む沖縄3区とも自民候補が当選している」
例として、名護市を含む沖縄3区の結果は以下のとおり。公明票がなければ、屋良候補が当選していたのは疑いない。
島尻あい子 73,226票(当選)
ヤラともひろ 71,457票
こうした現状が、高市政権にとって最大のネックとなり、簡単に解散総選挙に踏み切れない。しかし、自民と維新の連立など時間の経過とともに、次々ボロがでてくるのは自明なので「ご祝儀支持率があるうちに解散しないとジリ貧」というのもまた事実で、高市政権はスタートと同時に深刻なジレンマに陥っている。
立憲民主党・幹部の待機主義をのりこえ
課題は主体の側にあると思う。立憲民主党・幹部は、上記のような「このままなら次回の選挙で自民党に勝てる」という仮説に取り憑かれて、ますます能動性を失う可能性が高い。立憲幹部には、「なにもしないでいると、立憲の支持がどんどん下がる」という現実がよくわかっていない。現状としては、まず市民運動の側から強くアクションを起こしていくことが重要だろう。
沖縄・琉球弧の米軍基地強化、ミサイル配備への反対運動、原発再稼働反対・脱原発運動、万博未払い被害者への支援運動、外国人へのヘイトを阻止する取り組みなど、「空白の3カ月」の権力闘争で、脇に置かれてしまった問題はあまりに多い。
こうしたそれぞれの現場では、すでに高市政権への怒りが充満している。地道な取り組みを誠実に進め、政党の枠をこえたつながりを、これまで以上に広く深くつくっていくことが、高市政権を打倒につながるのではないだろうか。(淀川一博)
