
インターネットで全国を結び、今年も「しょうがいしゃ大ふぉーらむ」が開催された(10月25日)。私は、日比谷野外音楽堂が会場だったころから参加してきた。今回は、東京と群馬の会場をオンラインでつないだ小規模な企画だったが、その内容は誇れるものだと思う。
直前の10月21日、高市政権(自民・維新連立)が成立するという緊迫した状況のなか、それぞれの当事者・支援者は気合が入っていた。特に、参政党の差別主義・排外主義がたれ流された7月参院選で再選した木村英子さんのまとめの発言は、強い危機感と同時に、この時代に優生思想と対決して生き抜く決意がにじみでた圧巻だった。
兵庫からは、出生前診断に反対する取り組みを進めてきた中田悦子さんが発言。優生思想を許さない立場から、障がい者を抹殺・排除する出生前診断を批判すると同時に、現在のガザ・パレスチナ情勢を念頭に、「障がい者差別だけがなくなることはありえない。民族差別などあらゆる差別に反対していく」と呼びかけた。
「やまゆり園虐殺事件」10年にむけ
私も微力ながら、地域で大フォーラム運動を拡げていく決意を固めている。来年は、2016年「やまゆり園虐殺事件」から10年。自分自身はじめ、どれだけ優生思想とたたかうことができたのか、改めて問われる。一方では、事件について社会的な風化が進むだけでなく、書籍や映画などで、殺された19人の障がい者たちよりも加害者である植松聖(うえまつさとし)に焦点を当てたと思われるものも散見される。「なぜ、障がい者が殺されてしまったのか」ではなく、「なぜ植松は障がい者を殺したのか」だけを延々と論じることは、どういうことか。製作者たちに「善意」があったとしても、結果として障がい者の生きる自己決定権を後景化させ、優生思想を後押しするものではないだろうか。
ともに優性思想に対する
植松は、2022年4月1日付で、横浜地裁に再審を請求した。植松は当初、「再審で新たに主張したいことはない」としていたが、その後「1審裁判は責任能力の問題に縛られ、(障害者に対する)自分の考えについて受け止めてもらえなかった。事件後も、社会は変わっていない。死刑になることは怖くないが、裁判をやり直し、改めて(持論を)主張したい」などと話したという。
つまり、「事実は争わないが、(植松の)障害者抹殺の持論を改めて社会に広げたいから、再審公判を開いてほしい」ということだ。この発言だけでも大問題だが、より問題なのは、こうした現実がほとんど報道されずに放置されていることだ。私自身、この10年を反省し、障がい当事者とともに、優生思想とのたたかいを進めていきたいと考えている。(小柳太郎/神戸市、介護ヘルパー)
