2025年8月25、26日に行われ … マイクを握る井上洋子さん。

183人が犠牲となった「水非常」
12月13日、大阪市内国労会館で、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会(刻む会)」の共同代表、井上洋子さんのお話を聞いた。
「水非常」とは炭鉱用語で水没事故のことである。山口県宇部市の東部、瀬戸内海に面した床波海岸にあった長生炭鉱は、海底坑道の危険な炭鉱だった。炭鉱で働く労働者の多くが朝鮮人で「朝鮮炭鉱」と呼ばれていた。
1942年2月3日、この長生炭鉱で坑道の天盤が崩落する大事故が発生した。事故の何日も前から水漏れが生じていたが、応急で修理しながら採掘を強行していた。この日は月1回の「大出し」の日で、一日で1000函を供出しなければならなかったため、人命よりも採掘を優先させたのだった。国策が招いた「人災」だった。
日本のインフラは「朝鮮人の血と汗と涙と骨からできているといわれている。1939年7月の「労務動員計画」に基づく「募集」が始まり、各地の過酷な労働現場に朝鮮人が動員された。この「募集」は、公的資料や証言によって強制連行だったことが明らかになっている。長生炭鉱の事故では、183人の犠牲者の内、136人が朝鮮人、日本人47人。日本人の内5人が沖縄出身者だった
長野県伊那群天龍村で育った井上さんは、大学進学で出てきた東京で、友人から勧められた「朝鮮人強制連行の記録(朴慶植著)」で、故郷の天竜川をせき止めて造られた平岡ダムが、朝鮮人2000人、中国人800人、捕虜400人をこき使って建設され、今もその遺骨が山に捨てられたままになっているという事実を知り、ショックを受けた。大好きな故郷の山に眠る遺骨と、今も宇部の海に眠る遺骨が結びつき、「何とかしなければ」という思いで35年間、この運動にかかわってきた。

追悼碑建立から遺骨収容・返還へ
1991年3月18日、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」が発足。刻む会は次の3つの目標を掲げた。①ピーヤ(坑道の排気塔)の保存、②証言を含む資料の収集、③日本人としての謝罪と反省をこめて、犠牲者全員の氏名を刻んだ追悼碑の建立である。
刻む会は山口県を中心に1600万円の寄附を集め、22年をかけてようやく追悼碑が完成した(2013年)。完成直後、韓国人遺族会からの「遺骨持って帰るまで終われない」と訴えを受けとめ、刻む会は2014年から「遺骨収容・返還」を目標に再出発した。

遺骨収容・返還へ向けて日本政府を動かすため、①韓国政府への働きかけ、②全ての国会議員への働きかけ、③遺骨問題や強制連行・強制労働問題に関わる全国の市民運動への働きかけを軸にして運動を展開してきた。

坑道を市民の力で開ける
2023年12月8日の対政府交渉では、政府は「海底のため遺骨の位置や深度がわからないので発掘は困難だと理解してほしい」という回答を繰り返すだけだった。このままでは高齢の遺族に遺骨を返すことができないと判断し、2024年2月3日の追悼集会で、井上さんは「来年の83周年追悼集会までに埋められた坑口を市民の力で開ける」と宣言。そこから怒とうの進撃が始まった。そして三つの奇跡が起こった。
一つ目の奇跡は、坑口付近の土地は宇部市に帰属することが判明したこと。二つ目の奇跡は、工事を請け負う業者を確保したこと。そして三つ目の奇跡は、洞窟探検家の伊佐治さんが潜水調査を申し出てくれたことだ。
刻む会は市民に呼びかけたクラウドファンディングで1200万円を集め、2024年9月25日、ついに地下4メートルにあった坑口を発見した。第6回潜水調査中の8月25日、韓国人ダイバー2人が坑道内で遺骨を発見し、引上げに成功した。さらに多数の遺体の存在も確認された。収容した遺骨はDNA鑑定による身元調査を求めている。
2025年4月7日には大椿ゆう子議員が参議院決算委員会で長生炭鉱の遺骨収容について質問。そこで、危険な作業を市民側に任せている現状について「それを自己責任でやってくれとは言えない、現場を見た方がより正確に事態が把握できる、関係者の納得を得られるということなら、必要であれば現場に行くことを躊躇(ちゅうちょ)すべきだと思っていない」という歴史的な答弁を石破首相から引き出た。

世界のダイバーたちが参加
しかし、その後の政府交渉では「専門的知見を集めている」「安全性の観点から懸念がある」「調査の実務に照らしても、対応可能な範囲を超えている」といった回答を繰り返すばかりで支援を拒否している。一方、韓国政府は体系的な協力策を設け、積極的に支援していくといっている。2026年2月1日からは、フィンランド、タイ、インドネシア、台湾から5人の水中探検家が参加して行われる遺骨収容と坑内調査「遺骨収容プロジェクト2026」が始動する。
最後に井上さんは、84周年追悼集会(2026年2月7日)を日韓市民の決起集会にしようと呼びかけた。
加害の歴史に向き合う日韓の共同事業に!