「にゃっ君」(写真)が我が家で飼われてから20年して、私たちの娘に赤ちゃんができた。その世話をするため、連れ合いが娘の住んでいるK市に行くことになった。1カ月半ほど、私と猫2匹だけの生活をしなくてはならなくなった。季節はまだ夏で良かったが、生活するのに一番の難儀はゴミ出しだった。ゴミの集積場まで電動車椅子で運んだ。それと雄のにゃっ君が老齢で、猫トイレに入れなくなり(トイレの中に、またいで入れなくなった)、猫トイレの近くで漏らしてしまう。猫用のシートをトイレのまわりに敷いた。にゃっ君は、おしっこを漏らすと「にやぁ~」と私に知らせにきた。「おしっこしたからシートを替えてくれ」と訴えてくるのだった。
娘たち夫婦に、赤ちゃんの世話を出来るめどが立ち、連れ合いが1カ月半ぶりに家に帰ってきたのだけれど、にゃっ君は、息も切れぎれの状態になっていた。彼女が家に戻った当日の夜、「もう駄目だろう」という状態になった。連れ合いは、にゃっ君を膝の上にのせ、夜中の間ずっとなで続けた。明け方の5時ころだったろうか。連れ合いが、「にゃっ君が亡くなった」と知らせてくれた。
にゃっ君は、連れ合いを待って抱かれたかったに違いない。クロミさんも、にゃっ君の身体をなめなめし、にゃっ君に感謝の気持ちを表していた。

猫も介助を「手伝う」
2022年、23年にかけてのコロナ禍と、冬の寒さで家から出なくなった結果、私の足の障害の状態がすっかり悪くなってしまった。何回かリハビリ入院をするようになった。介護認定も受け、家に手すりをつけたりしたが、二階に上がることができなくて、一階で布団を敷いて寝ることが多くなった。
私のような脳性マヒ者が歳をとると、脳性マヒ特有の2次障害が出てくる。足が弱り、アテトーゼによる首の頸椎が圧迫されことによって手がしびれ、手に力が入りにくくなるなどの障害が進む。故に、以下のような状態に陥ることになった。
頻尿のせいもあり、夜中にトイレに行く回数が増えた。トイレに行こうとすると、上布団に足がからまってもがく。それを見たクロミさんが、2階に寝ている連れ合いに知らせに行ってくれた。おかげで私は、連れ合いの介助を受け無事おしっこを失敗せずにすんだ。
連れ合い曰く、「クロミちゃんが、二階にきてにゃ~にゃ~と私を起すねん。下に行ってあんたの様子をみて、また二階に駆け上がってきてにゃ~にゃ~と知らせてくれてん。ほんで、やっとあんたの声が聞こえて下に行って、介助できたんや」…。クロミさんは、我が家で飼われたことの恩返し、クロミさんの一生分の恩返しをしてくれたのだと思います。

平平凡凡に生きたい
猫の知能は人間の2~3歳くらいと言われており、1日に16時間くらいも寝ているし、前頭葉がないって聞いたこともあるけれど、猫を侮ってはいけません。猫にも魂も情けもあります。私は、クロミさんをそんなに可愛がっていなかったし、たまに顎をなでるくらいだった。でも、あのトイレお助け以来、むちゃ優しくしているもんね。
私は、産まれてから脳性小児マヒという障害を背負って生きてきました。小さいころから嫌なことを言われたり、差別も受けてきました。それでも、人との出会いで助けられ、生きてこれました。「禍福は糾える縄の如し」「情けは人のためならず」「袖すり合うも他生の縁」「相見互い」…。これらのことわざが大好きです。ことわざのように立派な生き方は出来ていませんが、時々思いだすようにしています。
平々凡々と生きていきたい、それだけです。(おわり)(こじま・みちお)