
「うまい」と食べてきたが…
大阪に住んでいるころ、仕事帰りに組合役員4、5人で日本橋と千日前の間にあった焼き肉屋によく行った。10人ほどで満杯になる店だった。立ち食い、立ち飲み、コンロの炭火で肉を焼いて食べる。大将が一人で切り盛りしていた。1986年、バブル全盛のころ。肉の値段は1皿500円くらいだったように思う。
肉からでる油が炭火に落ち、煙が立ち込める。ビールをぐびぐび飲みながら「うまい、うまい!」とハラミ、ロース、レバーなどを食った。組合のことやパチンコ、競馬の話、「次、どこ。スナック行こか」に落ち着くのである。
以前に、映画監督の森達也氏の『いのちの食べ方』という本を読み、「なるほどなあ」と感心した。本書の著者、栃木氏によると「森達也氏は、いちど屠殺場に来ただけで本を書いた」ということだ。
栃木裕氏は、東京芝浦屠殺場労働組合の執行委員長を務め、再任用期間も含め34年間、東京都中央卸売市場・食肉市場作業第2課で勤務した人である。
豚、牛、馬、羊など、それぞれ
この本を読み、いちばん感心したのは、屠場という仕事が「こんなにも繊細で、素早さの要求される現場である」ということだ。仕事で使用するナイフなどの手入れや、熟練度を上げる職人技を上げる日常の鍛錬の凄さ…。屠殺する動物によって適用される法律が違う。豚、牛、馬とヤギ、ヒツジは「屠畜場法」により、屠場以外の場所での屠畜が禁止され、獣医師による検査を経ないと食用にしてはいけないことになっている。一方、鶏肉は「食鳥衛生法」という法律で管理され、「食鳥処理場」で屠畜され、獣医師による検査を受ける。
牛は、「畜産農家」で生産されるが、子牛を産ませる(繁殖農家、日本で4万6300戸)と、牛を育てる(肥育農家、同5万1900戸)の分業になっている。産まれた子牛は、約8か月間繁殖農家で育てられ、肥育農家に移される。子牛は20カ月ほどかけ、食用牛になって出荷される(248万頭)。
繁殖用のメス豚は、生後8か月で交配を始めるそうだ。母豚の妊娠期間は114日間(3月、3週、3日)。1回の出産で10頭前後の子豚を産む。オスの子豚は生後10日くらいで去勢される。そうしないと、オス豚特有の「オス臭」が発生し、肉としての評価が落ちるそうだ。
繁殖用メス豚は、普通2年間で5回分娩し、1年で平均20頭の子豚を産む。子豚は離乳後配合飼料で育てられ、100キロ~120キロになってから出荷される。
牛、豚…屠殺方法も違う
牛と豚では屠殺の方法も違うことを、この本で知った。牛の場合、屠畜銃を牛の眉間にあてて撃ち、牛を気絶させる。屠畜銃の中に入っている芯が、牛の脳に衝撃を与えて失神させる。気絶している間に、咽の皮と肉を切り裂き頸動脈切って血抜きを行なう。この血抜きが、肉の品質に大きく影響するそうだ。屠畜銃で一気に殺すと思っていたが、意外であった。
豚の場合、芝浦屠場では豚をゴンドラというコンベアになっている囲いに乗せ、自動的に炭酸ガスの充満した麻酔室に運ばれる。豚は炭酸ガスを吸って昏睡状態になる。それから豚の片足を「シャックル」というチェーンにかけ、逆さ吊りの状態にし、頸動脈をカットして血抜きを行ない一気に胸を切り開く。馬や豚の解体作業の細かい点は、この本を読んでほしい。
農家出身の友人は、「神戸に来て、鶏肉がこんなに柔らかい食べ物かと知った」と言っていた。田舎では齢をとり卵を産まなくなった、肉の弾力が落ちた鶏を食用にしていたという。農家にとっては、鶏は卵を産む大事な家畜であるのを再認識した。
スーパーでも売られる馬肉
中学生の時にウズラを飼ったことがあり、メスの産む卵を食べていた。そのウズラは、ネズミに襲われ死んでしまった。子どものころの悲しい思い出だ。
鶏肉は、「食鳥処理場」で屠殺され、獣医師の検査を受ける。2016年度の統計によると、鶏肉は66%、鶏卵の96%が国産である。農水省によると、2017年度の食料需給表によるよれば、食肉の消費重量は19(牛肉):39(豚肉):41(鶏肉)の比率になっている。牛肉は西日本で、豚肉は東日本で、鶏肉は九州での消費が多い。大分に行ったとき、やけに鳥料理の店が多かったな。
そういえば、馬肉。関西では考えられないけれど、熊本では普通にスーパーや商店で売っている。ちなみに欧米人は馬肉を食べないそうだ。理由は、「あんなきれいな目をした動物は、食べられない」という。牛の目もかわいい。欧米人の身勝手な考えに、ちょっとむかつく。イルカを食べていることに、抗議にきた「シー・シェパード」を思い出した。
厳しい品質、衛生管理
屠場という職場は、血と肉の臭いに包まれ、あの大きな動物の身体を相手する仕事、肉体労働の極みのように思っていた。しかし、血抜き作業をはじめ、徹底した品質管理、衛生管理が必要なことが、この本の随所に書かれていた。そのために、労働者一人ひとりの技術向上、使用道具の管理と工夫が不可欠であるのがよくわかった。私の力量不足で書かれている全てを、簡潔に要約することができなかった。屠殺の具体的な解体作業や、道具についてはほとんど触れていない。
「食肉」への苦労考えた
仏教思想の殺生を戒める考えからくるのか、職業に対する差別の問題、とりわけ部落差別について立ち入ることができなかった。著者の栃木裕さんには、申し訳ない気持ちだ。
私たち生活者は、肉でも野菜でも「旨い、うまい!」と言って済むけど、育てている人たち、食肉にしている人たち」の苦労を少しでも考えたい。(こじま・みちお)
