
1985年、文部省(現・文科省)は、各都道府県、政令指定都市に「国歌と国旗の適切な取り扱いの徹底」の通知を出した。公立学校入学式・卒業式には、「日の丸掲揚」「君が代斉唱」を徹底せよということだ。同時に、この年の「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の実施状況が公表された。
その中で目立っていたのは、沖縄県の公立校「日の丸掲揚率」「君が代斉唱率」いずれも0%であった。1987年の「沖縄国体」を直近に控え、文部省は徹底通知で沖縄の教育行政を急きたて、「日の丸・君が代」促進決議で「沖縄の心に踏み絵」を課した。
1987年3月、沖縄の高校の卒業式の様子がテレビで報道され、「驚くべき光景」が映し出されていた。女子生徒が、壇上から「日の丸」を引きずり降ろし、それを叱責する校長と、必死でかばう教員たち。女子生徒に抱え込まれた「日の丸」に、沖縄の歴史、沖縄の地の重さがテレビ画面を通して伝わってきた。
現場の権力執行者までに、隅々まで行き渡らそうとしている全体主義的な状況が、実にわかりやすく内面化され、育てられていたファシズムが、こんな形で訪れた。「怒り」と「悲しみ」が交じり合い渦巻き、解きほぐすことができない。放送されている映像に呆然と釘付けとなったことを覚えている。
卒・入学式「日の丸・君が代」阻止とりくみ
私たちの、卒業式・入学式の「日の丸掲揚・君が代斉唱」阻止とりくみは、1976年から、それぞれの職場を基本に、子どもたち中心にした入学式、卒業式をどのように仕上げるか、職場で討議し考えられていった。
卒業生による答辞は、卒業生代表一人のものではなく「呼びかけ」で語られるようになり、卒業生はステージフロアに参加し、教職員や保護者が自然とステージフロアの卒業生を取り囲む、和やかなものとなっていった。会場への入退場の仕方や、音楽、また壇上や周りは、卒業をテーマにしたデザインが飾り付けられ、工夫されるものとなった。
そこには、「日の丸」掲揚や「君が代」斉唱の入り込む余地そのものがなくなった。卒業生が主権者であり、その周りを囲む教職員、保護者も同時に主権者であることが表現された。
1986年3月、宝塚市立小学校卒業式に右翼政治結社を名乗る3人が警察権力に「引率」され、式場に「日の丸掲揚、君が代斉唱」を求め乱入してきた。しかし、保護者、教職員の「帰れ」「帰れ」という叫びの爆発に、スゴスゴと引き返さざるを得なかった。4月の入学式には、右翼政治結社数団体が、宝塚市の公立学校正門前に「日の丸掲揚、君が代斉唱」を求め押しかけてきた。いずれも、保護者、教職員の揺るがない、右翼攻撃には屈しないという思いが、これを跳ね返した。
1958年、1960年、「日の丸掲揚」「君が代斉唱」の小中高校「学習指導要領」改訂が告示され、「国民の祝日などにおいて儀式を行う場合には、児童生徒に「『君が代』を斉唱させることが望ましい」と、「君が代」について言及した。さらに1977年、78年には、この規定を「国歌を斉唱させることが望ましい」と改めた。
1989年に,学習指導要領の「日の丸・君が代」条項が、「指導するものとする」という表現に改訂された。これにより全国各地の入学式、卒業式等の学校行事における「国旗の掲揚・国歌の斉唱」実施率が急激に高まることになった。
1990年代半ば以降、多くの教育行政機関が、国旗・国歌の実施率100%を目標に掲げ、従わない教員の処分が行なわれるようになった。99年には「国旗及び国歌に関する法律」が施行され、「日の丸」が「日本の国旗」、「君が代」が「日本の国歌」であること、とされた。

日の丸の赤、白地の白は…
ふざけるな、「日の丸」は「南京大虐殺を象徴する旗印」ではないか。「君が代」は、南京大虐殺を行なった張本人「天皇を賛美する歌」ではないか、「日の丸掲揚、君が代斉唱」など許されるものではない。「日の丸掲揚、君が代斉唱」の実施者よ、「南京大虐殺と天皇責任」について答えてみよ。
「児童憲章」の12項目は、児童個々に守られているのか、定着しているのか。どうなのか。こんなことは書きたくもないが、「憲法第19条、思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」「憲法20条、信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」は、それぞれどうなのか。
2003年のことである。都教委が「教職員は指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」「児童生徒の席は、正面を向いて座るよう設営する」など、細部まで規定した「実施指針」通りの式を強制し、従わない教職員を処分することを明確にした。いわゆる「10・23通達」である。職務命令により、教職員に「君が代」の起立斉唱、およびピアノ伴奏を義務づけた。以降、これに違反した教職員に対し、減給、停職を含む大量の懲戒処分を繰り返した。
教育現場における、このような「日の丸・君が代」の一律の強制は、教育基本法が禁じる「不当な支配」に当たり、また、教職員一人ひとりの思想・良心の自由、教育の自由等を侵害するとともに、生徒の思想・良心の自由をも侵害する。
「日の丸・君が代」の強制に反対する阪神連絡会
兵庫・阪神地区公立学校も、教育行政により「日の丸・君が代」の職場への強制が強まっていった。それでも、各職場、学校で「日の丸・君が代」一律強制排除をするために、児童・生徒の主権が守りぬかれた卒業式、入学式の会場を「日の丸・君が代掲揚、斉唱で踏み荒らすな」と、教職員、保護者にも訴えていく。
「職務命令違反」による教職員への減給、停職の大量処分という攻撃に、意思表示としての判断することも困難に、そして離れることもできなかった、協調主義的な傾向にとらわれてもいった。2006年には、「教育基本法の改悪」が行なわれた。教育を「国民の権利」から、「国家への義務」とすり替え、国家が教育内容に直接介入できる道筋をつくりながら、「目標」に「国を愛する態度」を書き込んだ。政府・文部省は、「戦争をする国づくり」へ、まっすぐにつなげようとした。(嘉直)(つづく)
*写真「国の楯」、小早川秋聲、1944年 (「元教職員ひょうごネットニュース」記載から孫引き)
