1991年12月にソビエト連邦が崩壊すると、世界の金融資本家たちはハイエナのように旧ソ連地域に進出していき、ロシアのオルガルヒたちと手を携えて、ロシア国内では社会崩壊のような状況が生み出されていった。世界的には、アメリカ一極覇権体制と新自由主義が強調され、今日まで続く現代世界での社会意識形成に大きな転換をもたらした。

 アジア経済危機(1997年)
 1997年には、アジア各国で金融危機が吹き荒れた。タイ・インドネシア、フィリピン、韓国などがその波に飲み込まれた。これは国際的な金融資本が=主要には大規模に資金を集約したヘッジファンド等が、自らの利益のために各国通貨に空売りを仕掛け、その力をみせつけるかたちで進行した。
 ソ連崩壊後、アジア地域にドルが膨大に投下され、同時にアジア各国の政府・経済界を統制しようとするものだった。当時ドルとの固定相場であった通貨が、意識的に狙い撃ちにあい、その後ドル為替の管理は、変動相場制に全面的に移行した。

 「9・11」と中国のWTO加盟(2001年)
 アメリカの世界貿易センターが、ゲリラ攻撃によって破壊され、アメリカ政府は待っていたかのようにアフガニスタン・イラクへの戦争を準備し、実際に戦争が開始された。アメリカ国内で愛国主義が鼓吹された。同時に原油価格の急上昇がはじまった。
 基軸通貨ドルを主語として言えば、ドルの地位の歴史的な下落を,ネオコン(新保守主義)の強力な国際介入主義のイデオロギーで粉飾し、ドルの役割を政治的に保持しようとするものとなった。為替市場では「戦時のドル買い」と言われる。
 中国は2001年12月に世界貿易機関(WTO)に正式加盟した。この加盟は、中国の経済成長を促進し、世界経済において大きな存在感を示すきっかけとなった。中国はこれにより基軸通貨ドルと世界経済の上で結びついた。その後、中国が「世界の工場」としての地位を確立する上で不可欠な契機となった。

 プーチンのミュンヘン演説(2007年)
 1991年のソ連邦の解体後、ロシア社会は崩壊的危機が続いてきたが、2000年のプーチンの登場によって、ロシア社会の再建がようやくはじまっていった。当時は9・11世界貿易センタービル事件が同時期に生じたこともあり、プーチンはその初期においては欧米政治にきわめて融和的であった。中央アジア諸国にアメリカの軍事基地提供を促したのも当時のプーチン政権であった。
 しかし2007年のミュンヘン会議演説を契機として、欧米主導の政治に反対し、それ以降は独自のポジションをとるようになっていった。アメリカは一度はロシアを含めたG8体制にしたものの、2014年のロシアのクリミア併合を契機に、再びG7体制に戻すことになった。

 国際金融危機−リーマン・ショック(2008年)
 アメリカは,1971年に金とドルの交換停止を発表し、価値の裏付けのないドル紙幣を増刷して、世界経済の主導権を握っていたが、その矛盾は露呈せずにはおれなかった。それが2008年の国際金融危機(リーマン・ショック)だった。それが、ドル基軸体制の矛盾の爆発であることは間違いない。基軸通貨国であるアメリカは、ドル紙幣を増刷するだけで、世界中から資源や製品を輸入することが出来るだけでなく、世界中の国々がドルを求めざるをえないように仕向けてきた。しかしその体制がいつまで継続するのかは、誰もわからない。その矛盾の最初の爆発だったといえる。
 アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)は、量的緩和(QE)を大規模に実行した。世界の金融市場に大量のドル資金を供給することで、金融市場の安定や景気回復を促す金融政策をとった。基軸通貨国がその通貨を無尽蔵に発行し、本質的な矛盾の拡大をおこないながら、その場しのぎで経済の破綻を先延ばしにしたのだ。それは「麻薬をうちつづけるような措置」と言えるだろう。

 ウクライナ戦争の開始(2022年)
 ウクライナ戦争が開始されると同時に、ロシアに対する大規模な経済制裁が発動された。世界中の民間銀行にあるロシアの対外資産1500億ドル程度が凍結されたと言われている。ドルを基軸通貨としてきた世界経済上の重要な決裁システムであるSWIFTから、多くのロシアの銀行が排除された。これも「ドルの武器化」の実行である。しかしドルを武器として使用すればするほど、世界の国々がドルへの本来的な信認を低下させている。よく言われるようにグローバルサウスにおいては、このままドルを使用していっていいのかという疑念が生じてきている。基軸通貨ドルの信認低下は回り回ってアメリカにとんでもない危機を巻き起こすであろう。
 しかもドルにかわる基軸通貨は登場していないし、アメリカや欧米・日本などの金融資本が、現在のシステムを捨てるわけにはいかない。中国もこの30年間、ドルが基軸体制の中で経済成長をすすめてきたのであって、中国であっても簡単に現在のシステムを捨てることはできないでいる。

 BRICSの拡大と米覇権の行方
 BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)が世界経済に占める割合はすでにG7をこえている。購買力平価基準によるGDP統計では顕著である。ユーラシアにおける安全保障機構である上海協力機構も拡大している。これまでになくロシア、中国、インド等の存在感が増している。こうしたBRICSの交易圏は非常に拡大しているが、日本のメディア等では報道されていないので、私たちはその存在を過小に評価していると思われる。
 第二次トランプ政権は、全世界に対する高関税政策の適用をうちだし、とりわけ西ヨーロッパ及び日本・韓国にきわめて強い立場で交渉が進んでいる。
またトランブによるベネズエラ・マドゥロ大統領の軍事的拉致など西半球での覇権主義を拡大している。トランプの時代になり、アメリカの政策は大胆に変化しているので、どういう考え方が基本になっているのかとてもつかみづらいところがある。
しかしアメリカにおいては、その時点時点での政策論文がいくつか提示され、それを基に政策が打ち出されているとも言われている。
 2024年11月にだされた『世界貿易システムの再構築に関するユーザーガイド』(著者は米大統領経済諮問委員会のスティーブン・ミラン)が、米の経済政策の真意を示唆していると言われており、また2025年12月5日に出された『国家安全保障戦略 2025』(NSS2025)もトランプ政策の安保ガイドラインと言われている。今後の課題としたい。

 結語
 基軸通貨ドルについて,戦後80年の動きを見てきた。基軸通貨ドルの寿命はつきつつあるように見えるが、いつまでこのシステムが続いていくのかは誰もわからない状況だ。次の時代をどのように作っていくのかを、各国の人々が,根源的に模索しているというような時代である。アメリカのトランプ政権の登場もそのような変化の流れの中で見なければならない。ヨーロッパでは、いわゆる中道リベラリズムの凋落が著しく、既存の左右の政治対立も混迷しているようだ。新しい時代が始まっている。
 日本社会は、戦後80年にわたって、アメリカのドル基軸体制に依存しながら,戦後復興と今日までの経済体制を作ってきた。1960年代から70年代には、一定のオルタナティブなものが構想されていたように思うが、ソ連崩壊からの35年間,外交政策として「日米同盟論」があまりにも声高に叫ばれてきたので、それ以外の対抗言論が成立していない。
私たちは、戦後80年間続いているドルを基軸通貨とする世界経済体制が、今後早い段階で全く別のものに変わりえるということも想定しながら、現在の政治体制を批判し、同時に未来の社会体制を構想することが必要ではないだろうか。(おわり)