斎藤幸平氏の『人新生の資本論』が発行部数50万部超のロングセラーになっている。彼の主張する内容は大きく分けて①気候変動の原因は資本主義にある②後期マルクスは「コモン」重視の新しい共産主義論を展開している、の2点。しかし本書では彼の主張を裏付けるファクトを示していない。
気候変動問題と資本主義が無関係だということはありえないが、気候問題は資本主義社会が続く限り解決できないと断定できるわけでもない。EUは化石エネルギーに代わる次世代再生エネルギーのシステム標準を占有することで経済的覇権を握ろうとしている。日本では環境庁が気候変動問題を「将来の日本経済の優位性をも揺るがすような経済問題」だと警鐘乱打してきたが、経産省と経済界に無視されてきた経緯がある(一方井(いつかたい)誠治『低炭素化時代の日本の選択』)。一言で資本主義といってもそう単純ではない。
資本主義の下でも児童労働は禁止されたし、日本の4大公害も一応「解決」している。同じように資本主義が気候変動に適応する可能性がないとは言えない。資本主義の下でも解決できるなら解決すればいいのであって、そんなことはやってみないとわからない。だからこそ環境問題はそれ自身の一次資料にもとづいて運動することが大切で、むやみに問題をイデオロギー化することは運動の足を引っ張るだけだ。
ちなみに筆者は、ある学習会で「反原発で権威のある広瀬隆が地球温暖化とIPCCを否定するので困惑している。どう思うか」という質問を斉藤氏にぶつけてみたが、見事に無視された。
斎藤氏によれば、晩年のマルクスはコモンに注目し、「コモンを通じて社会主義へ」と主張を変えたというのだが、彼はその文献的根拠をあげていない。マルクス・エンゲルス全集(新MEGA)の編集に携わって未発表の草稿もたくさん読んだというから、マルクスのどんなコメントが出てくるのかと筆者も期待したが、彼が唯一引用するマルクスのコメントは周知の以下の文章だけだった。

「ロシア革命が西ヨーロッパにおけるプロレタリア革命の合図となり、そのようにして両者が互いに補いあうようになれば、今日のロシアにおける土地の共有は共産主義的発展の出発点として役に立つ」(『共産党宣言』1882年 ロシア語第2版序文)

ロシアの古い農村共同体、はやりの言葉で言えば「コモン」が社会主義の基盤たりえるのかどうか、というナロードニキとプレハーノフらの論争に際して、マルクスが質問に答える形でこう論じたわけだが、斎藤氏が言うように「コモンから社会主義へ」とマルクスがここで主張しているわけではない。〈封建制→資本主義→共産主義〉という単線的発展論を修正している点は確かに重要なのだが、マルクスが階級闘争史観の大枠を放棄したとまでは言えず、むしろ死の直前までヨーロッパでプロレタリア暴力革命が起きると彼が信じていたことをこの文章は示している。
「コモン」をめぐる論点を深める趣旨なら、この問題を最初に提起したK・ポランニーを取り上げるべきだろう。市場経済の自己調節機能にたいする社会の自己防衛反応、という「二重運動論」(K・ポランニー『大転換』)で資本主義社会を描くポランニーは、新自由主義とたたかう対抗運動を理解するうえで必読だ。例えばイギリスの工場法が、階級闘争というより工場監督官をはじめとする社会の自己防衛反応として導入された経緯をポランニーは詳説している。
著名な資本主義批判論者の多くがポランニーに言及している。「コモン」をめぐる議論でむりやりマルクスを引っ張りだしてきても、議論の発展を期待できるのかは疑問である。(掛川徹)