
2021年韓国で出版された『無限発話』の日本語の全訳が、この6月に梨の木舎から出版された。作者は韓国の性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」の女性たち。韓国では2004年に性売買防止法が制定された。問題を残すとはいえ、この法律の最大の特徴は、国の責任で性売買女性の保護、被害の回復、自立・自活を支援することを可能にしたところである。それに基づき3年毎に性売買の実態調査が実施されることになった。また、買春を女性への暴力とみなし、買春男性の処罰に踏み込んだ北欧モデルを部分的に取り入れた先進的なものになっている。しかし一方、「自発的」に性売買を行った女性は処罰の対象とするという大きな欠点を含み、それが性売買斡旋業者などに利用されて法の抜け穴になっている。それゆえ処罰法改正運動が根強く続いているのだが、一体何をもって女性が心底から「自発的」に売春するというのか! 貧困や暴力、さまざまな事情で家から逃げ出した少女たちが、腹を空かせ、寝るところも無く、街をさまよい、「腹一杯食べさせてやる」という男についていったことを、「自発的な選択」と切り捨てる社会こそ間違っている。女性に罪悪感を抱かせ、肉体も精神も搾取する買春者と斡旋業者こそ罰せられるべきではないのか。
性売買防止法制定に尽力した女性運動は全国連帯を結成して、性売買女性への緊急救助、相談所、グループホーム、自立支援センターを整えていった。その中で性売買からの脱出に成功した女性たちが性売買経験当事者ネットワーク「ムンチ」を結成した。ムンチとは一致団結の意味。2006年に経験当事者どうしが初めて出会い、経験を語り合い、お互いの心の拠り所となっていった。2010年からは性売買の現実を社会に向けて発信した。買春者たちからの「あばずれのくせに騒ぎやがって」「日陰者として生きろ」という誹謗中傷、脅迫が押し寄せてきた。しかし女性たちの口を塞ごうとする奴らこそ恥じ入るべきとして断固としてはねのけた。ムンチの目的は「性売買は暴力であり搾取であり、その根絶を目指す」である。2019年からはグローバルな連帯を求めて海外の性売買経験当事者とも交流を深めている。この7月は東京と大阪でムンチのメンバー5人が来日し、トークコンサートを行った。ムンチに反発する団体やレイシストの妨害からコンサートを守るために、参加者全員に身分証明書の提示が求められ、写真撮影も禁止。しかし登壇したムンチのメンバーは苦難の経験を胸に抱えながらも、明るく力強く、自分たちの闘いに確信を持つ変革者だった。次号から性売買の現場の実態、性搾取の犯罪性、差別と暴力、日本の性売買の現状と女性たちの闘いなどについて記していきたいが、一点だけ、「セックスワーク論」についてここで述べたい。ムンチは性売買そのものを否定する立場にあるが、セックスワーク論を主張する人びとはそうではない。性を売る行為を他の職業同様の「労働」と見なし、性売買斡旋業は普通の職業、買春はただの消費行動と言う。本書ではセックスワーク論反対をムンチの女性たちが自らの過酷な経験をもって語り、次のように訴えている。「セックスワーク論は性売買の暴力性を無視している。性売買で女性はお金を稼げない。職業として環境を良くすれば良いというのは空論であり、性売買業者の言い分と同じである。性売買の果てがどうなるのか、誰にも分らない。セックスワーク論は本当に残忍だと思う」。 (つづく)
