政府は、凶作や戦乱などで食料や生産資材の輸入が滞る不測の事態に備えた新法を検討している。農水省は「有事の食糧確保」のための対策として「緊急事態食料安全保障指針」を策定している。こうした動きをどう評価すべきか。前号に続いて、30年以上農政の第一線に立ってきた中村武彦さんに話を聞いた。(文責・編集委員会)

自給率を考える

 ――日本の食料自給率はカロリーベースで38%(2022年度)、先進国では最低です。加えて、農業生産に必要な肥料や機械を動かすための燃料はほぼ海外依存なので、実質的な自給率は10%台との指摘や有事になれば日本で大量の餓死者が出るという報告もあります。
 自給率の問題は複雑で、カロリーベースのほかに生産額、飼料、穀物などの自給率もあれば、食料国産率といって輸入飼料を考慮しない指標もあり、これが47%です。ここまでくると何が正しいのかわかりません。指摘の通り、農業生産に不可欠な石油、農薬、肥料、種子、家畜飼料、これらの大半を海外に依存している中で、本当にこれが止まったらどうしようなんて、恐ろしくて誰もその先のことを考えられない状況です。アメリカから輸入している飼料用とうもろこしがストップしたら、日本の畜産、酪農は壊滅。卵、牛乳、肉は全部アウト。ではどうするのだという答はどこにもない。「自給率うんぬんは農協と農水省が予算獲得のために吹聴する意味のない数字だ」という批判もあながち的外れとは言えません。
 ――「食料生産で一番大切な問題は農地の確保だ」「有事にはコメをつくって飢えをしのげばいいのだ」との意見もあります。休耕田をすべて使えば1400万トンのコメができると。
 ある意味それは理想の姿かもしれません。しかしあまりにも現実離れですね。そもそも有事の際に生産に必要な石油や肥料が確保できるとも思えないし。本当に交易が止まったらコメはつくれません。

有事のための法整備

 ――有事に備えて食料を確保するための法整備が行われると聞いていますが。
 その通りです。現在の農政の基本である食料・農業・農村基本法に、食料安全保障を明確に位置付けるとか、有事の食料確保に向けた新法を制定する、という動きになっており、こうした農政の流れ自体は一歩前進だと思います。しかし、その実践として「すべての農地にイモをつくれ」だとか「コオロギパウダーでタンパク質を確保する」などという、荒唐無稽な議論がまことしやかに行われていることを考えると、本気でやろうとしているのか疑問と思わざるを得ない面もありますね。
 ――戦後アメリカが余った小麦を日本に押し付け、その後一貫して食料が外交交渉の武器として位置づけられてきたことが問題の根幹にあるように思えます。
 鈴木宣弘先生(東大教授)も指摘していますね。「コメを食べると頭が悪くなる」という何の根拠もない宣伝を繰り広げて、アメリカは小麦と肉を食べる食生活を日本に定着させてきた。その結果がこういう現実です。アメリカを怒らせたら大変なことになる、と過剰に意向を忖度する背景には、私たちの胃袋を握られている問題が大きいですね。
 ――農政のどこを改めたらいいのでしょうか?
 
農政の問題点
 
農政を考え始めると、いつも何が正しいのか堂々巡りになって、私もどうしたらいいのか断言できないのが正直なところです。それでも食料自給率の関連なら、コメ政策を争点に考えるのがわかりやすいと思います。コメはかつて食糧管理法で全量が国に管理され、食糧庁という役所までありました。消費量が減ったとはいえ日本の主食は現在もコメと言えますし、第2回で話題の農協はコメの集荷団体として位置づけられてきたことも間違いありません。
 野菜、果樹、畜産といった労働集約型農業では、比較的規模の拡大が進み、厳しい中でも比較的経営が成り立っていますが、土地利用型農業であり農地面積で最大を占めるコメは、農水省が発表している統計数値でも、生産コストが1万5千円(60キロ毎)、平均市場価格が1万4千円弱(同)。一部の大規模経営を除いて、平均的なコメ農家はほぼ赤字なのです。
 だからといって多くの農家はコメ生産をやめずに続けている。ここに様々な問題点が凝縮されている気がします。(つづく)