
厚生労働省が在宅介護を支える訪問介護サービスだけ基本報酬を引き下げた(1月22日)。これに、全国的に抗議の声が起こり、能登震災や万博中止問題とならぶ社会問題となりつつある。
介護事業所やヘルパー、利用者らでつくる市民団体から抗議の声が上がり、1週間ほどで全国の約360団体、2500人の賛同が集まった。
日本ホームヘルパー協会と全国社会福祉協議会(全社協)は、「今回の改定は、国が目指す『住み慣れた地域で安心して生活を続けられる』という姿とは全く正反対」と抗議の声明を発表した。「私たちの誇りを傷つけ、さらなる人材不足を招く。断じて許されない」と訴えている。全社協は厚労省と近い関係にあり、ここまで強い調子で批判するのは異例である。
これに対し、厚労省は「22年度の経営実態調査で、訪問介護が他のサービスに比べて利益率が高かった。例えば特別養護老人ホームが1・0%の赤字だったのに対し、訪問介護は7・8%の黒字。全サービスの平均値(2・4%黒字)を大幅に上回っていた」として、訪問介護サービス基本報酬引き下げを開き直っている。以下、この点にしぼって批判する。
まず、厚労省が「根拠」としている「22年度の経営実態調査」だが、公表されているデータによれば、アンケート回収率は42%に過ぎない。調査が「国勢調査」のような分厚い冊子に細かく手書きする方式になっており、大手事業所のような時間のある管理者や経営者ならともかく、人手不足と資金不足で駆け回っている小規模事業者には、対応する余裕がない。回収の時点で、多くの赤字経営の事業者がこぼれてしまっている。
倒産急増を無視
次に、東京商工リサーチが1月17日に公表したデータによると、23年の介護事業者の倒産は、業種別では特に人手不足が厳しいとされる「訪問介護」の倒産が22年に比べて34・0%増の67件で過去最多となった。この事実が無視されている。さらに22年の訪問介護ヘルパーの有効求人倍率は15・53倍と、同年の介護職全体では離職者が入職者を6万3千人上回り、介護保険制度が始まってから初めて離職超過現象が発生した。
こうした危機を示す数字が出ている中、たかだか回収率42%のアンケートをもとに訪問介護事業の介護報酬を切り下げるなど到底許されない。
最後に、厚労省が論じる「訪問介護事業黒字」のからくりについて2点。
一つは、極端な人手不足の結果として、非常勤ヘルパーが高齢化などにより退職しても補充がきかず、その部分の介護サービスを正規雇用のヘルパー(管理者、サービス提供責任者を含む)が担っている。それが「見た目の人件費」を押し下げている。それはサービス残業や過密労働をもたらし、最終的には正社員ヘルパーの退職増加をもたらしている。
もう一つは、近年問題にされているサービス付き高齢者住宅と併設された訪問介護事業所の黒字分が、意図的に従来型の長距離を移動しサービスを行う訪問介護事業所と混同されていることだ。訪問介護は移動時間分には介護報酬は付かない。併設型は黒字に、逆に従来型は赤字になりやすい。本来は別の形態として扱われるべきものが同一視されている。
こうした手法で、厚労省アンケートの「黒字」がつくられている。(淀川一博)
