日本郵政グループ各社(以下、郵政)の最近の賃上げ状況を簡単に振り返ってみる。一昨年22年春闘までは7年連続ベアゼロ回答。昨年23春闘ではベア5%。ベア5%は民営化後最大との報道もなされたが、その実体はわずか4,800円の賃上げでしかなく、これに1回限りの特別一時金7万円を含めてのベア5%だった(厳密にいうと正社員全体にわたるベアと言える部分は1,000円のみ。一般職、地域基幹職若年層にはこれにプラス2,100円、さらに夏期冬期休暇を各2日、計4日削減した分でプラス1,700円)。しかも非正規への賃上げはゼロだった。もうずっと非正規への賃上げは、運動の結果としての最賃改定によるもののみで、郵政が積極的に上げたことは一切ないままである。

ここ数年、郵政では正社員の労働条件切り下げ攻撃が続き、それとの闘いが大きな課題となっていた。まず2018年春闘で、郵政労契法20条裁判、一審、二審の状況を横目に一般職の住居手当廃止が一方的に打ち出され強行された。年末手当も廃止され、その後、扶養手当も一部削減された。そして2020年10月、最高裁判決で非正規と正規との間にある労働条件格差が多くの点で不合理、違法と確定したことで、郵政としてさらなる対応が迫られた。しかし2021年9月、郵政が打ち出したのは最高裁判決に反するような、正社員にこれまで付与されてきた病気休暇・夏期冬期休暇の不利益変更方針だった。逆「格差是正」攻撃である。
メディアはこれを大きく取り上げ、郵政内部のみならずあらゆる産別の労働者、労働組合からも批判が集中した。その中で22春闘において病気休暇に関してはかろうじて押し返し、夏期冬期休暇も先送りとなったが、郵政内最大労組である日本郵政グループ労働組合(JP労組)は、この不利益変更攻勢にまともに抗う姿勢を見せることはなかった。先送りされた夏期冬期休暇削減は23春闘であらためて焦点化したが、結局、JP労組が近畿など一部は反対するものの、総体としては闘うことなく受け入れた。その際、上記の通り姑息にも休暇削減分を賃金に換算してベアの一部とし、マイナスはないかのように見せかけることまでした。
しかし、ちゃんと計算すると時間当たり1,000円足らずの額で休みを売り渡したに等しく、休暇削減とのバーターにすらほど遠いものだった。かくしてJP労組は郵政のたった「5%」(非正規にはゼロ)の賃上げ回答を躊躇なく受け入れ妥結、むしろ成果と誇って見せた。他方、少数派の郵政産業労働者ユニオン(郵政ユニオン)は気を吐き、ストライキで闘ったが、郵政・JP労組一体的に攻めてくるようなこの状況を突き崩すには至らなかった。

物価高、生活苦 待ったなしの大幅賃上げ

今年2024年春闘は、昨年以上に物価高などで生活苦にあえぐ労働者にとって、文字通り大幅な賃上げを勝ちとることが待ったなしとなっている。
経団連が「『春闘』の『闘』は(労使の闘争ではなく)デフレ脱却などで一緒に闘うという『闘』である」として連合を持ち上げ、連合は連合でまんざらでもないという状況がある。本当に物価高を上回るような賃上げを勝ちとろうとするなら、それらもろとも吹き飛ばすような、ストライキを前面に押し出した闘いができるかどうかが問われている。
しかし郵政では、まず前提として郵政事業がこのままで大丈夫かという不安が現場労働者にも重くのしかかっている。昨年12月18日、郵便料金値上げ検討が報道されたことが大きい。24年秋以降、はがきや封書を3割超値上げするとの内容だった。ちょうど年賀状差出の時期でもあり、この報道を機に年賀状をやめたという人も少なくなかったかもしれない。
それでも値上げしないと郵政事業がもたないのではないか、そこまで厳しい状況にあったのか、などと受け止める労働者もいた。さらに、ただでさえ減っている郵便がこれでますます減ることになるだろうと想像し、報道でも、この値上げをもってしても一時しのぎにしかならないというような内容もあった。こうした中で、賃上げどころではないのではないかと思わされる労働者もいたのである。

労働者にしわ寄せの「経営努力」

この郵便料金値上げに関して、パブリック・コメントが12月19日から約1か月間募集され、そこにJP労組も意見を寄せていた。その内容は、同組合ホームページで公表されているが、あまりにも酷いものである。
まず「経営努力による収益改善やコスト削減等に取り組み、一昨年度までは継続的に郵便事業の収支を黒字」としてきたと、会社と同じ立場を示している。さらに経営努力の具体的中身として「非正規雇用化と、従来の正社員よりも賃金設定の低い新一般職制度を創設することで人件費を抑制してきた」と、JP労組こそが非正規雇用を拡大させ、正社員の中に低い労働条件の新一般職をつくったのだと自認している。
その結果、新一般職や若年層は条件が低いからいつも改善が求められ、だから賃金改善の取り組みもどうしても新一般職などを優先せざるを得ず、中高年層の賃上げを棚ざらしにせざるを得なかったかのように開き直っている。そうして「働く者の負担による事業の維持はすでに限界」だから、案通りの値上げは当然のものと要望し、同時に「適時適切な価格転嫁を継続的に行える仕組み」、すなわち今回の上に、さらにいつでも値上げできるようにすべしと訴えているのである。
JP労組は、労働者全体の賃上げ、労働条件向上を全力で取り組まず、むしろ労働者間に分断を持ち込み、会社と一体的に「経営努力」してきたがもはや限界と、今度は利用者、国民に平然と負担を強いることを、こともあろうに労働組合の名において率先してやろうとしているのである。本当に許せない。

でたらめにすぎる経営策

郵政は民営化以降、数々の失策、不祥事を起こしてきた。2010年、JPEXに係る特別損失797億円を計上し、翌2011年、一時金を削減した。2015年にはトール社を6,200憶円で買収し、2017年にはそのトール社に係る特別損失4,000憶円を計上。2019年には、かんぽ不正が発覚し郵政グループの3社長が引責辞任、2020年、かんぽ生命が3か月の業務停止となった。さらに2021年、トール社に係る特別損失674億円を計上した上、同社をわずか7億円で売却。一方で楽天と業務提携、約1,500億円を出資。2023年、楽天の株価下落により850憶円の特別損失を計上している。
その後、常態的な人手不足にもかかわらずヤマト社との協業が発表され、現場には激しい負担感が漂う中、協業のスケジュールも当初予定より後ろにずれている。こうした出来事とともに、最初に書いた通り7年連続ベアゼロや相次ぐ正社員の労働条件切り下げが強行されてきた。それにもかかわらずJP労組は抵抗らしい抵抗を全くしてこなかったのである。JP労組が会社とともにしてきた「経営努力」とは、労働者の経営責任を問う声を抑え込み、全ての責任を労働者に転嫁するようなことだったのだ。

労働者を分断 経営に寄り添うJP労組

JP労組のその姿勢は一貫し24春闘要求にもあらわれている。要求書では「日本郵政グループ各社の成長・発展に向けた具体的な戦略」等が示されていないと嘆き、この現状に組合員(あくまで組合員で労働者すべてではない)は不安、怒りがあるから会社の将来像をちゃんと示せと訴えているが、労働者の不安、怒りが、まずもって会社の成長・発展への戦略がないこと、将来像が示されてないことにあるのだろうか。
確かに先に書いた値上げ報道などによって労働者に不安感が増しているとしても、それは主に労働者の立場、待遇が今より低下するのではないかというところの不安ではないのか。JP労組が成長戦略や将来像を示せというのは労働者の不安を逆に煽り、生産性向上こそ何より必要だと労働者に思わせる目的がある。だから「組合員の持つ知識やスキルを活用し生産性を高めていかなければならない」からこそ、処遇引き上げが必要だとも言う。そして賃上げ要求額としては、正社員10,000円、非正規は時給70円アップという、大幅賃上げにはほど遠い要求でしかない。 
要求書はさらに「業務の効率性を高め、競争力の維持・強化に向けた投資を進め」るべきことや、「グループ間における柔軟な要員配置の実現」、「リスキリングを行ったうえで、会社・事業間を超えた柔軟な配置・移動を可能とする仕組みを構築すること」を求めている。その他、「多様な働き方を求める社員ニーズをふまえ、社員エンゲージメントを高めるため」などと言って、「多様性を認め合い」とか、「女性活躍」とか、「キャリアップ」とかの言葉をちりばめて、安心して働ける環境整備を要求しているかのようであるが、実際のところそれらは能力主義を強めようとする内容ばかり。「多様性」を言うのであれば、人権をこそ土台にした要求でなければならないと思うが、そうではなくまるで逆に会社の求める人材になることを目指して競わせるような環境整備を求めてるようにしか読めない要求となっている。

連帯、団結で闘い生きる

JP労組の今春闘の要求は、総じて労働者が感じている実際の不安や不満に向き合ったものとは到底思えない。多くの労働者にとっては、生活がますます苦しくなっていることや 、要員不足でしんどい思いをしていること、それでも必死で頑張っているのに、待遇がほとんど変わらない…ことにこそ、文句があるのに、生産性の向上が全てであり、それによって郵政の成長、発展がまずあり、おこぼれとして労働者への処遇改善へと繋がるという要求になっているのである。
こんな、会社が好んで使うような訳のわからない言葉で書かれた要求書が通った先にあるのは、労働者間の連帯が今以上に引き裂かれた、より荒廃した職場に違いない。現状、すでにそんなギスギスした職場があちこちにある。そんな職場に耐え切れなくなった結果として、ここ数年で何人もの労働者が自死に追い込まれているのではないのか。こんなものが労働組合の言い分であり春闘要求であることが本当に許しがたい。
昨年のJP労組大会、夏期冬期休暇削減を最終的に認めるか否かが焦点となっていたが、かつてなく多くの反対票が近畿中心に投じられた。JP労組にも心ある労働者たちがいる。
郵政ユニオンは、今年もストライキを構えて闘っている。現場で奮闘する労働者たちの連帯が、組織を超えて広がり強くなることこそが、郵政職場を働きやすい職場に変えていくのである。