滝山病院(東京都八王子市)の虐待事件を報じたNHKのETV特集「ルポ死亡退院 精神医療・闇の実態」=2023年2月25日放送

昨年2月にNHKで報道された滝山病院(東京都八王子市)の精神病患者さんへの虐待は驚がくすべきものだった。しかしこのような事態は全国にある。2020年に発覚した神出(かんで)病院(神戸市)でも激しい人権侵害があった。

虐待をなくすために

認定NPO法人大阪精神医療人権センターは、患者当事者、家族、医師、看護師、PSW(精神保健福祉士)などの医療関係者、そして弁護士やマスコミ関係者で構成された人権団体である。その目的は「精神医療および社会生活における精神障害者の人権を擁護する活動を行うとともに、それを通じて精神障害に対する社会の理解を促進し、障害の有無にかかわらず、人間が安心して暮らせる社会に一歩でも前進させるべく貢献することを目的とする」とある。
昨年11月25日に大阪弁護士会館で設立38周年の講演会があった。講師は弁護士の相原啓介さんで、講演内容は「精神病院での虐待をなくすために―滝山病院事件とは何か」だった。
講師はまず新型コロナ感染拡大の中で、精神病患者にどれほどの人権侵害が行われたかの一例として、七生(ななお)病院(東京都日野市)を紹介した。この事例は裁判にもなった。
「クラスターが発生すると畳敷きの病室に外からドライバー、ネジで金具をつけ、南京錠を取り付けます。監禁部屋をつくり、陽性反応が出た人を6人ずつ監禁していきます。これは精神保健福祉法での隔離ではなく、『監禁』です。布団が6人分敷いてあって、その真ん中に簡易トイレが置いてあります。ナースコールもなく、コロナに感染してこの部屋に入れられると、最低でも10日間以上、他の人と接触できません。医師の診療もなく、廊下で誰かが通った気配があるたびに『水を下さい』『トイレがあふれています』とドアを叩くといった状態です」。

日常的な暴力

何と前近代的な人権侵害かと驚くが、講師は次に滝山病院について語った。ここは職員の内部通報(録音・映像)があり、それがETV特集で報道されたため、筆者も見ることができた。暴力や暴言、違法な身体拘束が日常的に行われたようだが、職員の患者への対応はまるで暴力団のどう喝のようだった。
明らかになったことはそれだけではない。職員の夜勤時には自分が休むために、手のかかる患者を縛り付けて身動きが取れなくする。検査を実施していないのに検査結果を記載、つまりカルテを改ざんする。患者から預かった預金通帳を自宅に持ち帰る。弁護士の講師ははっきりと「横領といえる行為だ」と語った。また、個別職員の行為というよりも病院の経営上の方針だと思うが、不必要で過剰な治療、例えばIVH(中心静脈栄養)なども行われていた。

無法地帯

以上は氷山の一角だが、これだけの病院総ぐるみの犯罪が行われても、有罪判決を受けたのは暴行罪の5人のみ。ほとんどの場合、他の病院においても同じく証拠不十分として逮捕や起訴が行われず無罪とされているのが日本の精神病院の実態である。
なぜこういう犯罪が許されているのか、行政や厚生労働省は何をやっているのだと、誰もが思うはずだ。職員であれ、患者であれ病院内部から行政へ虐待の訴えがあっても、「実地指導」を行う場合には、事前通告を病院に行った上で、1週間から10日間の予告期間を置いてから調査するという厚労省のルールがあるからだ。
こんな一例がある。良心的な職員が虐待を行政に通報すると「証拠がありますか?」と返される。さらに「録音・録画はありますか?」と念を押される。大抵の場合はそのようなものはないし、それが普通だろう。このように勇気を持って通報した職員に対して、行政はけんもほろろという対応なのだ。
次に行政は、当該の病院に「通報が入ったので10日後に調査に行きます」と電話をする。その結果がどうなるのかは誰でも分かる。病院は通報した職員を「犯人」として捜し出してクビにし、さらに「密告者」としてネットワークに流し、どこの病院にも就職できないようにする。見せしめである。当該の病院は猶予として与えられた10日間で虐待の証拠を隠滅し、行政は「問題なし、疑いは晴れた」と終息する。もし行政に訴えたのが患者であれば、どのような目にあわされるであろうか。考えただけでも恐ろしい。

持ちつ持たれつ

講師の話はまだまだ続くが、それは次号にまわしたい。ここまでの話でも十分に見えてきたものがある。それは病院と国・行政との「あうん」の呼吸、「持ちつ持たれつ」の関係である。
神出病院(466床の大病院)事件の例でも、2012年~19年の8年間だけで約18億6000万円の病院経営者の不正利得が調査によりあぶり出された。
病室も風呂もカビだらけで不衛生きわまる環境。トイレはその都度鍵を開けてもらわなければならず、紙もその時に渡される。風呂は一カ所しかなく、蛇口からお湯が出ない。拘束は個室でされるものだが、患者4人を2週間にわたり一つの部屋に閉じ込め、ガムテープで封鎖するなど、枚挙に暇がないほどの凄惨な虐待があった。
ところが、監督する兵庫県は「問題なし」と結論を出した。神出病院の不正利得は、入院患者の治療も生活も極限的に犠牲にして得たものであることを県は十二分に知っているにもかかわらずである。また神出病院の病院長が安倍元首相と「昵懇(じっこん)の仲」だったことから、「忖度」が働いたのではないかという臆測を呼んでいる。
もし国や行政がこのような病院に原則的かつ厳正に対応すれば、病院側はこう答えるだろう。「私どもの病院の入院患者はほとんど行くあてのない人たちだ。退院させたら誰が引き取るのか? 地域の住民とトラブルになったり、危険な事態が起きたりすれば行政が責任を取ってくれるのか?」と。
確かに患者たちの多くは家族と縁が切れたりして生活支援が頼めない場合や、病状が重く介護の必要があり一人暮らしが難しい場合がある。しかし国や行政が病院の虚偽の申告や不正を放置してまで、精神障がい者を病院に閉じ込め、社会的に隔離する「社会的入院」は許されることではない。

求められる抜本的改革

精神障がい者が地域で生活できないということは断じてない。数字で証明しよう。日本の人口あたりの精神科病床数は他国平均の4倍もある。OECD38カ国の全精神病床の37%を日本が占めている。入院の中でも強制入院率は、欧州平均は12%だが、日本は50%を超えている。人口あたりの強制入院数は欧州平均の14倍もある。それでは日本は他国に比べて、精神病患者が著しく多いということはない。そんなことはない。精神病はどこの国でも誰もがなりうる身近な病気だ。
他の国が違うところは、日本のように精神障がい者への隔離や社会的抹殺政策をとらず、患者が地域で生活できる環境がある程度整備されていることだろう。日本の平均在院日数は他国の9倍の277日である(18年)。桁違いの長期入院である。「長期入院患者は病院の固定資産。退院促進などするな」と公言してはばからない病院長もいる。精神医療の抜本的な改革が求められているのだ。(つづく)