
かつてハンセン病を患った方々が生活する国立療養所の一つ、邑久光明園(おくこうみょうえん、岡山県瀬戸内市邑久町の長島)で、2023年までの12年間、福島原発事故で被災した子どもたちのための保養キャンプが行われてきました。この保養キャンプのスタッフの一人、樋口曜さんが、「たかつき保養キャンプ」の学習会でお話してくださいました。
ハンセン病は「らい菌」によって引き起こされる感染症。らい菌の病原性は弱く、感染してもほとんど発病しないにも関わらず、日本政府は1907年法律を定め、ハンセン病患者を療養所に一生強制隔離する政策を始めました。戦後、抗菌薬で治癒するようになっても、隔離を強化する「らい予防法」を制定し、強制隔離政策を続けました。「らい予防法」が廃止されたのは、なんと1996年のことでした。
樋口さんのお話を聞き、国による強制隔離政策によってどれほどハンセン病患者・回復者が人間の尊厳を奪われてきたのか、あるいはその政策がどれほど根深い差別や偏見をうみだし、家族も含めて多くの方々を苦しめてきたのか、私は何も分かっていなかったと思いました。
あるハンセン病患者が証拠不十分なまま逮捕され、療養所内での特別法廷で差別的な裁判が行われ、無実を訴えたまま死刑が執行された「菊池事件」のことなどは全く知らず衝撃をうけました。
療養所内では入所者同士の結婚は認められていましたが、その主目的は「逃亡阻止」だったそうです。結婚の条件として男性は断種、妊娠した女性は中絶を強制され、生まれてきた赤ちゃんはすぐに命を奪われました。
国策によって社会から隔離され、人間の尊厳を奪われてきたみなさんは、国策で作られた原発の事故によって故郷を破壊された人びと、被ばくから子どもたちを守ろうとする保護者たちに共感し、療養所で保養キャンプを行うことを決断します。
子どもがほとんどいなかった邑久光明園に、夏になると「ただいま」と訪れる福島の子どもたちを、「お帰り」と迎える。子どもたちの明るい声がこだまする。その光景を思い浮かべただけで胸が熱くなります。
子どもと保護者たちは、自然豊かな長島で過ごす中で、療養所で暮らす人びとと交流し、いろいろなことを学び感じていました。この豊かな保養キャンプをもっと多くの方にも知ってほしいと思いました。(川瀬典子)
