
2月8日、「日本の食と農が危ない!」と題する参議院議員の川田龍平さんの講演会があった。内容はとても興味深く、あっという間の3時間だった。会場では川田さんのつれあいのジャーナリスト、堤未果さんの著書『ルポ食が壊れる』(文春新書 2022年)が販売されていた。この本を勉強してから講演の記事を書こうと思ったが、時間と力量の関係で断念。川田龍平さんの話をそのまま書きつらねるだけになってしまった。以下、講演のダイジェストを紹介する。(当間弓子)
「深まる食料危機 私たちにできること」 参議院議員 川田龍平
市販のペットボトル入りのお茶には、神経毒性が強い除草剤グリホサート(※1)が混入しています。海外では毒性にかんする基準が国内よりも厳しいため、日本企業はその分だけグリホサートを抜いたものを輸出しています。
農家の中には農薬が恐ろしくて、自分たちが作った農作物を食べられないという人もいます。日本の農政はひどい状況ですが、それでも産地直売の無農薬農業は高い技術を持っており、学校給食などを通じて広めている地域もあります。
例えば豊岡市においては、元の自然環境を取り戻すことによって、コウノトリが帰ってきました。今ではコウノトリの自然繁殖(産卵・ふ化)が見受けられます。新潟の佐渡でもそうです。これらの動きには農協(JA)が率先して協力しています。「学校給食を通じてオーガニック(化学肥料、農薬、遺伝子組み換え技術などを使わず、自然の恵みを生かす有機農法で生産された農作物)を広める」という議員連盟もできています。
私はHIV感染(免疫不全)で、子どもの頃に帯状疱疹(ほうしん)を発症したことがありますが(※2)、オーガニックの食物で育った子どもたちは免疫力が向上し、出席率が上がったという報告もあります。「食」の問題は自然を守り、健康を守る問題そのものなのです。
種子法廃止と「みつひかり事件」
国は種子法(※3)の廃止(2018年)や種苗法改正(2021年)など、日本の農業を破壊し、外国資本に売りわたすような悪政を行っています。森友学園問題では、テレビは一日中、籠池氏の集中審議を放映しましたが、まさにその時に種子法が廃止されたのです。マスコミは、「種子法廃止」という深刻で重大な問題から世間の目をそらすという役割を果たしたのです。
これまで「民営化はいいことだ」と宣伝され、実行されてきました。しかし、公的なものを「民」に委ねると、「企業秘密」が生まれます。いま主食のコメがない、高値で庶民が買えないという事態になっています。
こんな事件がありました。三井化学が「みつひかり」というコメの品種を開発しました。これは多収性で品質・食味にすぐれ、業務用として広く使われています。ところが茨城県産と表示した種子に愛知県産を混入させたり、異品種の種子を混入させたりするなどの「詐欺的不正」が発覚して、刑事告発されました。ところが軽い略式起訴で済まされてしまいました。
実は、種子法を廃止して公共の種子を廃止させる際、農水省は「みつひかり」という多収・優良な民間の種子があると奨励して回っていたのです。「公」であったものを「民」に渡したことで、企業の利益優先の論理がまかり通り、食にまつわる道徳が失われていく。「みつひかり事件」はその一例です。
自治体レベルで農業を支える
その土地、その地域にあった種子は地域の種農家が一番よく分かっているのですが、このままではその種農家がいなくなってしまうという危機に直面しています。外国から種子を輸入しても、日本では発芽しないことがあります。種子にはそれにあった風土というものがあるのです。中国では品種改良の技術が進歩していますが、日本の技術はどんどん落ちています。
農家の時給は100円ほどと言われます。コメ一俵(60キロ)の原価が1万5000円なのに、売値は1万円で大赤字です。これでは農業は経営的に成立せず、今や農家を継いでくれる人がいなくなっています。
「学校給食を利用して安全で健康的な食物を広げては」と国に提案しても、文科省は「給食の管轄は自治体です。国は関係ありません」と無責任な対応でした。農業を支援する活動を自治体レベルでつくりだし、みんなで支えていかなければなりません。
かつての企業の役員報酬は新入社員の約7倍でしたが、今や200倍になっています。「企業の内部留保」と言われますが、実は一部の人間には資産が集中し、彼らの利害で政治が動かされているのです。それは農政もしかりです。
昔は五公五民でしたが、現在の人びとにたいする収奪は七公三民ではないでしょうか。かつての1ドル=360円の固定相場の時代よりも現在の方が円安です。島根県では農民たちの怒りのトラクターデモがありました。東京でも農業問題で、「令和の一揆(いっき)」をかかげて3月30日に行動があります。大阪では地方議員が維新しかいませんから厳しいですね。
コメの消費拡大に工夫を
行政は本当に農業の実態を知りません。勉強不足の上に献金を出す企業の言うことしか聞きません。トヨタなどの大企業は自民党にばく大な政治献金を毎年おこなっています。裏金なんて問題にならない規模です。消費者庁も食品メーカーの言いなりです。
膨大な量の小麦が輸入されていますが、「コメ」という食材はもっと使い道があります。潰瘍性大腸炎やクローン病といった難病の患者が、小麦をやめて米粉にかえただけ(グルテンフリー)で病状が改善されたという事実が報告されています。コメの消費拡大を工夫したらもっと安価になるはずです。同時に苦境に立たされている農家への所得保障は不可欠です。
野菜も昔に比べて栄養素が少なくなり、品質が落ちています。人体に栄養素が吸収されにくくする添加物が入っているとも聞きます。
農業を潰す政治
国は半導体関連に10兆円規模の支出をしています。農水省では次官(官僚のトップ)になった人が、「魂を売っちゃった」と言ったことが語り草になっています。行政はいったいどこを見ているのでしょうか。もうちょっとがんばってほしいですね。農業に興味を持っている議員もほとんどいません。米国からコメを買わなければならない現実。それは日本がもはや先進国ではなくなっていることの表れです。労働者の時給が1500円では、海外から人も呼べない時代です。かつてはバナナの原産国の農民が、自分たちが作ったバナナを食べられないという不条理なことがありましたが、今は日本人がコメを作っても自分たちは食べられないという事態を招こうとしています。これは「国の失政」というよりも、わざと農業を潰そうという政治がまかり通っているとしか思えません。
若い人たちに農業体験を
話はそれますが、スマホを長時間使うと身体に帯電するのか、心身に変調を来したり、健康を害したりする人が増えています。スティーブン・ジョブズやマーク・ザッカーバーグといったIT企業のトップたちは「自分の子どもにはスマホをさわらせない。頭の成長を阻害するから」と言っているそうです。台湾のオードリー・タンも「スマホを指で操作してはいけない。自分の体とスマホを一体化させないようにタッチペンを使うべし」と。人間の能力の退化につながるそうです。知識を育てるには本を読むことが不可欠です。画面が流れては消えていくスマホでは決してできないことです。
土をいじるとメンタルに良いそうです。若い人たちには農業体験をしてほしいですね。(了)
(※1)グリホサートは悪名高きモンサント社が製造していた除草剤。モンサント社は枯れ葉剤、牛成長ホルモン、ポリ塩化ビニル、遺伝子組み換え作物の開発企業で、その製品が人体や環境に悪影響をおよぼすなど世界中で問題を起こした。現在はバイエル社に吸収されている。
(※2)講師の川田龍平さんは、血友病治療のために使用した血液製剤からHIV感染し、国と製薬会社を訴えた裁判で実名を公表して闘い、勝利した。今回の講演の冒頭に、30年前、19歳の闘う川田さんのビデオ映像が上映された。
(※3)敗戦後の食糧不足の解消を目的とした国家的な政策。優良品種の安定供給、病害や冷害に強い品種の改良などを行った。種子法の廃止により企業や自治体の参入がやりやすくなったと政府は説明するが、外国企業の遺伝子組み換え作物の参入など問題は多く、現在多くの農家から種子法復活を求める声が上がっている。
