
異例づくめ「高市解散、総選挙」
自民党の「終わりの始まり」と言われた2024年10月衆院選から1年3カ月。昨年7月には衆参両院で初めて少数与党になり、3カ月の政治空白の後に生まれた高市政権が、通常国会冒頭の1月、電撃的な解散に打って出た。列島が豪雪とたたかう年度末のこの時期に「総理の専権事項」と称される、違憲の疑いがある「憲法7条解散」を断行したのは、戦後初めてのことだ。
解散から投票まで戦後最短の選挙結果がどう出るのか。異例ずくめの選挙結果は「ふたを開けなければ分からない」という、緊迫した状況が2月8日まで続く。この選挙で選択するべき課題は何なのか、考えてみたい。
勝手すぎる独断専横
「高市を選ぶのかどうかが、この選挙の最大の争点だ」と首相は、19日の解散断行会見で言ってのけた。内閣支持率が高いうちに解散に踏み切り、圧勝すれば少数与党の不安定さを断ち切り政権基盤を安定させ、思うように政策を進めることができるという皮算用からの“不意打ち解散”でもあった。
だが、ここに至る経緯を見れば、いくつかの誤解と勘違いが浮かび上がってくる。いや、本人にとっては確信的な決断だろうが、政治を真っ当に見つめる人たちにとっては「独りよがりの孤独な決定」としか見えない。
第一に、「高市を選ぶかどうかの解散総選挙」という誤った思い込みだ。この国の国政の仕組みは議院内閣制、首相を決めるのは国権の最高機関である国会だ。首相自らが国民に対し、「自分を選ぶか、野党党首を選ぶか」を決めるために解散総選挙に踏み切るのは、そもそも政治の仕組みを誤解しているか、自らを大統領制の首相か自治体の首長と勘違いしていることになり、首相失格の発言である。
内閣の支持率は、首相の人気や首相が采配する政策への信頼感に左右されるが、現行の衆院選挙は政党への支持と、選挙区における候補者一人ひとりへの支持に左右される。内閣支持率と与党への支持率に2倍以上の差がある、かつてないアンバランスな状況下で、内閣支持率の高さから「与党圧勝」を予測するのも早計に過ぎる。
衆院任期の3分の1にも満たない段階で議員の身分をはく奪する解散に踏み切るには、それ相当の理由と大義が必要になるが、解散を表明した会見でも真っ当な理由は説明できていない。選挙で有利になる時期を選んだ、「大義のないご都合主義解散」であることが明白になった。国民の暮らしがかかる当初予算の年度内成立を犠牲にした、この時期の解散には国民や自治体はもちろん与党内にも批判が多かった。首相と、限られた側近で解散時期を決めたことについても不満の声が少なくなかったが、呪文のようになっている「解散は首相の専権事項」という誤った思い込みから異を唱える動きもなく、一気に選挙へ流れる様を見るにつけ、この政党が政権政党の器を喪失していることをあらためて感じざるを得ない。
見通せぬ「中道改革連合」の成否
さて、野党の選挙準備が整わないうちに選挙をぶつけるという高市戦略は、立憲民主と公明が「中道改革連合」という新党を立ち上げて対抗勢力を糾合する、予想外の“反撃”に直面している。いや、正確に言うと両党の合流は昨年夏ごろから水面下で始まり、高市総裁選出直後の10月10日に公明が「連立離脱」して以降加速していた。ただ、26年間の長い自公連立政権に安住していた自民党の中では、将来の連立復帰や選挙の現場での協力関係継続への淡い期待感が続いていた。だが、この時点での急な中道新党結成は、高市政権側からの突然の解散攻勢で急加速したもの。政権側にとっては、よもやの展開になっているのは間違いない。
読売新聞に1月9日「冒頭解散」を書かせた時点では、「自民党で過半数の圧勝」を狙っていたのが、19日の会見では「与党で過半数」に勝敗ラインをトーンダウンさせたことが、何よりも慌てぶりを表わしている。衆院では自民と維新合わせ、ほぼ過半数に達しているから、無理な解散に踏み切ったが“目標は現状維持”という、お粗末な結果に陥っている。15日に、立憲と公明が新党結成を明確にしたことにより、公明票を当てにできないこと、1選挙区当たり1万~2.5万の公明票により維持してきた議席が、最悪の場合は70~90議席程度を失いかねないことが明らかになったからだ。
もっとも、実際にどのように票の流れが展開されるかは、未知数の要素が多い。急ごしらえの新党が依存するのは、公明の支持母体である創価学会と立憲の支持組織である連合の票だが、思惑通りに動くかは読めないことが多い。26年間続いてきた自公連立連携の選挙は、地方組織の末端にまで浸透してきた。自民に流れていた公明票が突然の新党結成に、そのまま新党の立憲候補に投票行動が切り替わるかは未知数である。公明は、選挙区から撤退し新党の比例区単独候補として上位に位置付けられるが、選挙区の立憲候補は公明票の支援で有利な展開ができなければ、比例復活による当選も厳しくなる。
投票箱の蓋が開かなければ見通しが困難なのは、自民も同様だ。高い支持率を続けてきた高市人気(内閣支持率)が、支持率の低迷している自民への投票に直結するかどうかも、未知数だ。大統領制や自治体の首長選挙なら高市の圧勝は見通せるが、若年層の支持が多い高市支持層が支持率の低い自民党への投票に向かうかどうかは、これから投票日までの動向と投票結果を確認するまで予断を許さない。
加えて、この国の政治も前回衆院選以来、本格的な「多党化時代」に入っている。そんな状況下で組織選挙に依存して「二大政党対決型」をめざす中道新党の思惑がどこまで功を奏するかも未知数だ。前回衆院選で躍進した国民民主は、高市政権入りの志向が明確になった中で、伸びを持続できるかどうか。衆院選に事実上初めて存在感を示す議席目標を掲げる参政党も、高市政権と組みする姿勢が明確になった中でどこまで存在感を示すことができるか。両党の得票結果は、自民と中道の得票にも複雑に影響するから、これも予測を困難にしている。
このように、選挙結果は大化けする可能性を秘めながらも、現時点では予測困難と言わざるを得ない。
高市政権「退場求めるチャンス」活かせるか
本稿は、選挙の予測をするのが目的ではない。世界がトランプに振り回されながら混乱状況にあるだけでなく、トランプに物言えないこの国の政治と、ジェットコースターのような乱高下を繰り返している経済と暮らしを見つめる中で、「この選挙にかける課題は何か」を見出すことにある。
結論から言うと、この国の政治と経済、社会を立て直し、混迷状態の世界に日本の役割を果たすには、右傾化路線をしゃにむに突っ走る高市政権の暴走にストップをかけることができる絶好の機会が今回の選挙であると考えたい。そのためには「高市は信任できない」ことを選挙結果で示し、「高市退場」を決めることが最大の意義ではないか。急ごしらえの新党が、安保や原発政策で従来の方針を変えていることに対する批判もあるが、高市政権に退場を求める唯一の対抗軸になることは間違いない。新党是非論をのんびり交わしているうちに、高市を信任する選挙結果を招いてしまっては元も子もない。
多党化時代における本当のリベラルは、現実の政治課題を精査して当面の課題と目標、戦略を実現するために、広い視野から当面の課題に迫っていくアプローチが欲しい。今この国の現実を見据えたとき、減税やばらまき、長期的な政策課題を競うのではなく、国民の暮らしや平和を危機に陥れかねない現政権に「ノー」を突きつけることに、すべてを集中する時ではないか。(了)(1月23日)
