2023年の12月28日、国は新たな区域の埋め立てに必要な設計変更を県に代わって承認する「代執行」を行った。地方自治を踏みにじる、異常な事態だ。沖縄防衛局は、県が認めていない区域で工事を始める、その日は翌年1月12日と通告した。
海上行動メンバーは、その2日前の1月10日に、大浦湾の最深部区域を監視船「平和丸」で監視していた。ところが午前11時過ぎ、「作業ヤード」を設置するための工事船が四角い汚濁防止囲いを曳航しながら、われわれの目の前を通過していった。まさか予定日前に工事を開始するとは思いもせずに、呆然と見守るしかなかった。1時過ぎ「作業―ヤード」設置のための岩石が、はじめて大浦湾に投下された。12日投下とは、沖縄防衛局による「偽情報」流しだった。

31艇が海上へ
あの日から2年が経った。今年1月10日(土)午前10時に、同じ場所で「ヘリ基地反対協」主催による海上大抗議集会が開催された。海上行動メンバーは監視など6船舶、へのこぶるー31艇(阻止班15艇、抗議班16艇)、マスコミ関係6社、監視船同乗者30数名、ウインドサーフィン1名の総勢70名を上回る参加だった。
午前10時に、「不屈」金井船長による平和の鐘によって集会が始まった。主催者あいさつの後、カヌーメンバーから一言アピール…。今回、この集会に参加するため、神戸行動から5名が参加した。うち2人は、「参加するなら、ぜひカヌーで」と、前日にカヌー教室に参加し、当日の大行動には抗議班として参加することできた。その1人が、集会宣言を読み上げた。

「負けないぞ!」コール
集会の最後のシュプレヒコールを仰せつかったのは、私だった。「私たちにはこの美しい沖縄・辺野古・大浦湾の自然を、子や孫に引き継ぐべき義務と責任があります。先輩たちは、第一次辺野古闘争をたたかい、国・沖縄防衛局の野望を挫折させました。その意思を受け継いで現在、私たちは第二次辺野古闘争をたたかっています。絶対に負けるわけにはいかないのです。全国の仲間とともに、たたかい抜きましょう。シュプレヒコール!」
集会終了後、横断幕・のぼり等を片付け、阻止班15艇はフェンスを通過して「鋼管打ち込みこみ作業船」めがけて突入する。残念ながら、次々に海保によって拘束され、「海保タクシー」で大浦湾開口部を経由し、小1時間の瀬嵩浜まで送り届けられた。
こうして今年の大抗議行動も、大勢の参加者によって成功裡に終えることができた。

「それぞれの思い」全国から
前日の話に戻る。カヌー教室後、「クッション」に帰り、シャワーを浴び洗濯をする。しばらく休憩してから、第3回目の工事用ゲートに向かうため、階下に降りる。すると、神奈川県の座間から来られていた女性、「自称ヨン様」(今回聞くと、韓国ドラマのヨン様ではなく数字の4だそうだ)と再開する。カヌー教室で何度も挑戦しながら、合格を得ることができなかったが、一生懸命クッションで「シャドウワーク」などをして頑張った。その彼女が70歳の時、カヌーの合格を許可したのが私だったという縁である。
ヨン様は2004年ころに辺野古に。その時、「今後はカヌーでの抗議行動が必要になると言われた」とのこと。以来、地元でカヌーの練習をしていたそうだが、10数年たった辺野古では思うようにカヌーを操作できずに、何度も挑戦されていた。その彼女に再会でき、本当にうれしかった。
ヨン様のように、どこの団体に所属するわけでもなく、1人で、それぞれの思いを持って神奈川から、熊本から、静岡三浦半島から…、辺野古の作業用ゲート前での座り込み現場に参加する仲間たちがいる。そのことに、私たちはいつも大きな励ましを受けている。(住田一郎)