辺野古反基地運動の場所にはいつも歌と踊りがある。スピーチの合間には、替え歌あり民謡あり懐かしい反戦歌あり、ウチナンチュの闘いのしなやかさ、したたかさ、そしてその底に「抵抗」の魂を感じる。だからだろうか、大和からも多くのアーティストが訪れる。牧瀬茜さんもそのお一人だ。
牧瀬さんはストリップの「踊り子さん」である。柔らかな微笑みと、優しい声、静かな佇まいで、座り込みの輪の中にいる。私が初めてお会いしたのは2024年の秋だった。司会者にうながされて踊ってくださった。薄緑色のインド綿の軽いワンピース、サンダルをぬぎ、裸足で舞いはじめた姿は、涼しい海風が吹いてくるようだった。彼女に誘われて、辺野古ねぇねぇずのお一人であるОさんと、いつも幟旗を持ってシュプレヒコールの声を上げているFさんが加わる。牧瀬さんの動きに呼応して踊るのだが、二人ともぎこちない。それでも本当に楽しそうだ。見ている私たちも楽しくなる。ふと、この心地よさは何だろう、と思った。
しなやかな抵抗
踊る牧瀬さんの背景にはヤンバルの深い緑、しかし、牧瀬さんが向き合っているのは米軍基地の有刺鉄線とフェンスだ。その中には、迷彩服を着たアメリカ兵とカーキ色に塗られた大型トラックの姿がある。その前には、サングラスをかけた沖縄防衛局の黒服たちが「基地を守って」いる。そして、機動隊の隊列。さらにその前に屈強な体の警備員たちが居並ぶ。「暴力」の姿が、ここ沖縄の基地では幾層にも重なって可視化される。彼らの「力」の前で、牧瀬さんの姿は無力ではかなげに見える。しかし、と思う。なんと自由で軽やかだろう。同時に、座り込む私たちもまた、「暴力」と対峙することで強ばった体になっていることに気づく。牧瀬さんのしなやかな体の動きが、私たちを解きほぐしてくれていたのだ。
「力」に対抗するのはもう一つの「力」ではない―「非暴力」の闘いの根源であるのに、むき出しの「力」を前にして、時に、体も言葉も、そして心も「力」を欲してしまう。彼女の舞う姿から、もういちど辺野古の闘いが何を守るためなのかを確認できた気がした。
「ブルース・ピープル」と蝶
かつて、哲学者コーネル・ウェストが沖縄にやって来たとき、「沖縄の人々はブルース・ピープルだ」と言ったという。2008年、沖縄の学生たちが中心となったプロジェクトに招かれた彼のスピーチでのことだ。ウェストは米国プリンストン大学の哲学教授であり、左派の社会活動家でもあり、ヒップホップの歌手でもある。黒人やジェンダー差別、格差問題など、彼の鋭い論評は時に論争を呼ぶこともある。彼が言う「ブルース・ピープル」とは、「悲惨な経験を歌詞に込めつつも、優雅さと気品を保ち続ける」人々のことだ。彼のスピーチは、「あなたの魂に、人々への深い愛を持ち続けましょう。人々への共感を持ち続けましょう。そしてもちろん、あなたの心のなかのブルースの深淵なる感性を大切にして下さい」と続く。牧瀬さんの舞はその「ブルース」を身体で表現したものだった。風に舞う蝶のように柔らかに、気高く。
2024年、大浦湾に初めて土砂が投入された。座り込みの人々を排除した後、次々とダンプがゲート前に入っていく。悔しさと怒りで、ダンプが出て行くまで、みんな歩道に立っていた。土砂を下ろすとダンプの列がゲートから出て行くのだが、その前に散水車が土煙をおさえるために水を撒いていく。気づくと一羽のアオスジアゲハがその水の上にそっと降り立った。静かに水を吸っている。その上をダンプの太いタイヤが轢いていった。蝶は巨大な暴力に押しつぶされる沖縄の姿のようにも思えた。ふしぎなことに、羽だけはほとんど傷がなかった。ゲート前の赤花の陰にそっと置いた。
蝶は死と再生の象徴である。琉球沖縄の歴史は、幾度も踏みにじられてきた歴史だ。しかしそのたびに復活し、さらに深い生き方を示してきた歴史でもあるのだ。(銘苅千栄子)
