
1999年、「国旗、国歌法」が成立した。「日の丸・君が代」の強制に反対する阪神連絡会は、「国旗国歌法」成立を許した「敗北」を乗り越えるべく誕生した。翌年から阪神地区4市の教育行政執行機関へ、「公立学校への日の丸掲揚、君が代斉唱を強制するな」という申し入れ行動を、毎年行なっている。
各地教委は「教育課程は各学校の自主性のまかしている」と言う。当たり前ではないか。教育課程の自主編成権は、各公立学校の教職員の裁量に任せられている。「強制はしない」と言いながら、「学校では、指導要領に基づき実施されている」ものとし、「学習指導要領に基づく国旗・国歌に関する指導が一層適切に行われるよう指導している」という。
「日の丸掲揚、君が代斉唱」は、各学校の判断ではないか。「強制はしていない」「指導要領通り実施されている」とはなにごとか。文部省の指導に全面的にすがった指導強制ではないか。教育行政執行権力の言葉が、上から滑りおちてくる。文部省への全面的な追従、彼らの思想が全的に崩壊している。逃げ口上はもう嫌だ。戦後政治の崩壊、戦後民主主義の解体を、目の前で見てしまうようだ。
「命じたもの」「命じられたもの」、その姿勢はどのようものであったのか。命じたものは、命じられたものたちの所作、動作を、どのように思い描いたのだろうか。あるいは「何も思い描こうとしなかった」のか。思いも感情も働かなかったというのか。この「法」とは何か。「法」のもとに、すべてを許し合おうとする「社会」とは何か。「法」のもとに、「許し合おうとする」直接的な、その「場」は何なのか、考え込んでしまう。
「憲法」「国旗損壊罪法」「国体」
「民主主義」なるものは、とっくにどこかへいってしまったのか。「平和憲法により、戦争で他国の人を一人として殺さないですんだ」など、憲法が健常体であるがごとき言い回し…。ほどほどにしろよ、9条があっても、派兵した。なんでもやってきた。
朝鮮戦争では、第2次大戦後には例を見ない激戦が繰り返された。韓国軍約20万人、米軍約14万人、国連軍全体で36万人という死傷を出した。米国側は、北朝鮮軍約52万人、中国義勇軍約90万人が死傷としている。民間人の犠牲者は100万人とも200万人とも言われた。想像を絶する規模である。多くの民間人が虫けらのごとく虐殺されたのだ。
米軍機は、朝鮮半島の原風景が変わるまで爆撃した。朝鮮の人々を殺し去った米軍機はどこから発信をしたか。平和憲法下の、日本からではないか。日本では、朝鮮の人々が虐殺されようと、抗議の声を何一つ上げることができなかった。私たちは日本が、隣国の戦火を大いに利用し、朝鮮特需で大儲けしたのを忘れていないか。

米空母に乗り「跳ね踊る」首相
危ないと感じてるなら黙らずに声をあげねば戦前になる(加須市、坂入やすのり/朝日歌壇)
昨年、10月のことである。高市早苗・内閣総理大臣が、米大統領トランプと共に米軍原子力空母「ジョージ・ワシントン」に乗り込み、嬉しそうにぴょんぴょん跳ね踊った。なんたる光景、寒気がした。「台湾有事が存立危機事態」と宣言し、軍事費3%でも5%でも意に介しないという、対米従属のあられもない姿がそこにある。正視できない、恥ずかしい姿を見てしまった。なにが跳ねるほど嬉しいのか。一方で、国民にはまったく目をむけていない。虫けらか、あるいは「サナエ・ファンクラブ」のごとき扱いを感じてしまうのは。私だけだろうか。
高市総理が引き継ごうとしている安倍政権は、「戦後レジュームからの脱却」をかかげ、教育基本法の改悪をなしとげ、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法を強硬手段で立て続けに成立させた。さらに、スパイ防止法を導き入れるための経済安全保障法を成立させている。
高市政権は、本気でいっそうの大軍拡へ、安保3文書改定を前倒し、長射程ミサイルの配備や開発・量産などを前倒しに進めている。防衛費が初の9兆円超、国債発行と増税で財源捻出、GDP比2%でも足りない、3.5%から5%へと上を見上げる、原潜の保有、非核三原則の見直し、核持ち込み・共有、そして緊急事態条項新設と9条改憲、スパイ防止法26年中にも強行などをやろうとしている。
「天皇の詔勅」で天皇主権国家を完成させようとしている政党と、地方行政権力を絶対に大きくさせ、「賭博」商売で大もうけを企んでいる政党とイチャつきながら、「憲法改悪」「戦争のできる国」、さらには「国体」の完成を目指している。「戦争のできる国」に国民統合をさせてはならないし、動員をさせてはならない。憲法に謳う1条から8条までの象徴天皇制、天皇条項と「日の丸掲揚、君が代斉唱」の恫喝、国旗損壊罪法の成立といい、「国体の精華」への思いはいまだに生きている。
再び「戦争する国」にさせるのか
東アジアから東南アジア、インド太平洋にも及ぶグローバルサウス諸国に武器を売りつけ、新たな「国体」を生み出そうとしている。米国に強要された新自由主義的要求を唯々諾々と受け入れながら、ナショナリズム、反グローバリズム、反移民、反民主主義と排外主義思想を取り入れ、国民統合のための軍事力強化を一体のものとしようとしている。
「戦争をする国」へ、時代はまっしぐらに突き進んでいるのではないか。私たちを、どこに導こうとしているのか。それは直ぐ目の前に、そこまできている。(嘉直)(おわり)
