ピースフェスタ明石を開催して今年で22年になる。今年は酷暑を避け、9月開催となった。展示会場は二つ、アスピア明石北館8階会議室の廊下のウォールギャラリーは、9月19日から9日間。メインの展示「西谷文和さん写真展」でガザ、イスラエル、アフガニスタン、ウクライナの写真29枚ほど。
終盤の2日間、「戦後81年・今と昔、平和を考えるギャラリー展」も。1・8m×5mと大きな『キッヅゲルニカ』が目立った。「平和や町をつくるのは自分たち」というテーマで、「あかし親子劇場」の子どもたちが、絵本『ポリポリ村の みんしゅしゅぎ』を読み、描いたもの。
会場の周囲には、憲法、フクシマ、オキナワ、被団協70年の歴史に加え、明石の空襲のパネルなど、手作りパネル20枚が並び、憲法9条の額が初登場。戦時下の生活の品々も展示された。

「忘れない」戦争体験を語る
「戦争体験談の集い」(26日)は、展示パネルに囲まれたスペースに、3人の発言者を迎え、70人が参加した。最初に、江井島在住の伊原静子さん(92歳)が、「戦争中は小学生、生活物資も不足した生活だった」証言した。次は、戦後生まれの学校校長、森本眞一さん(76歳)。明石の空襲をいろいろ調査したことを、多くの資料を示しながら話した。
3人目は、北条高校3年生の市川玉稀さん(高校生平和大使)の活動は、平和イベントへの参加や、国内・海外派遣など。「高校生一万人署名運動」で署名を国連に届けることや、出前授業など。いろんな行動が平和につながる。
最終日はアスピア9階の子午線ホール、西谷文和さん(フリージャーナリスト)が「紛争地から見えた憲法~平和憲法の大切さを考える」と講演、190人が参加した。
「イスラエルとパレスチナについて語るには、なぜ中東がこんなに複雑になったのか、宗教と国の変遷、地理と歴史を知ること」から話した。
西谷さんは、2004年にパレスチナに入った。そのときは吹田市職員だったが、その後フリーのジャーナリストになり、それ以降は戦火の終わらない、その地域に何度も足を運んだ。

平和憲法を持つ日本の役割
2010年1月、アフガニスタンに行ったとき、「ここにも日本人がいる」と紹介されたのが、医師の中村哲さんだった。中村さんは自ら重機を運転し、砂漠に水路をつくる土木工事を行なっていた。2020年10月、再びアフガニスタンを訪れたとき。前年の12月に中村さんが銃弾に倒れたが、工事をしていた砂漠は緑の森と農園に変わっていた。生前の中村さんは、「この活動こそが平和憲法を持つ日本の役割だ」と確信していた。
いま、イスラエルが執拗にガザを攻撃している。イスラエル国内に、批判する市民もいると紹介。ウクライナ・ロシアの戦争、さらにアメリカ、イスラエルによるイラン戦争など。現地に行って考えた紛争の現状などを解説した。(江戸)