
▽「少数者の組織」
利己主義的な農民を団結させ、勝利に導くのが「知的道徳的に優れた少数者」の役割である。
「少数者は、考え抜いた、合理的な形式を闘争に与え、闘いをあらかじめ設定された目標に導き、粗野な要素〔大衆〕を理想的な目的に向けて指導する」「革命的少数者はもはや待機してはならず、人民に自覚を強制する任務を引き受けなくてはならない」。
「革命的少数者は … 人民がその革命的破壊力を適用する道を開く … 革命の喫緊の敵を破壊するためにこの暴力を振り向けることができる」。
「少数者」は中央集権的な組織をつくらねばならない。
「革命の成功は、散在する革命的要素の編成と組織的統一が、一つの実体にまで—単一の、共通した計画にもとづき、単一の、共通した指導にしたがって行動することができる、中央集権的だが機能は分散させた組織に結実するかどうかにかかっている」。
革命家の組織はいわば「革命的軍隊」であり、「独自に行動する自治的な革命グルーグの連合的なつながり」を一切拒否する。そんな組織は革命の役に立たないからだ。
「少数者」の組織は優れた知性と知識によって、全面的な「社会主義的世界観」を保持し、社会全体を統一させる。彼らは一切の世俗的幸福を断ち切らねばならない。理想を否定するようないかなる「喜びや悲しみ、希望や計画、思想や考慮」も「自殺行為を意味する」。
▽国家が人民を指導する
議会制度を導入したヨーロッパ諸国の労働者のみじめさ、ブルジョアジーの腐敗を知るトカチョフは、民主主義制度に何の信頼も置いていなかった。革命に勝利しても民主制を採用してはならず、「少数者」が指導する国家に全権力を集中しなくてはならない。何が自分たちにとって本当の善なのか知らない遅れた人民、「骨の髄まで古い習慣に親しんだ多数派」の「下からの影響」は革命の目的を危険にさらす。
「少数者」が国家権力を通じて、人民にとって本当の善を強制すべきである。報道、教育その他あらゆる手段によって「未開な多数派の社会的、家族的諸関係を再建」すべきであり、社会主義的な「公安委員会」を設立して革命に敵対的な要素、旧世代を根絶しなくてはならない。
▽レーニン主義の骨格
わずかな文章を一瞥しても、農民を労働者に置き換えた点を除いて、レーニン主義の骨格はトカチョフ主義だということがわかる。「労働者は独力で共産主義に達することはできない」というレーニンの労働者観はトカチョフの農民観とパラレルだし、「知的道徳的に優れた少数者の指導」は「職業革命家」による「外部注入」論として継承されている。レーニン主義においては、「労働者の自己解放運動」という共産主義運動のそもそもの規定は蒸発しており、労働者農民は旧体制を破壊する力としてのみ評価されている。一党独裁のスターリン主義に帰結したロシア革命のその後の展開は、トカチョフがプログラムしたようにすら思える。
コミンテルンを詳細に検討した元ドイツ共産党員F・ボルケナウは「レーニンの革命は本質的にプロレタリア革命ではない。それはインテリゲンチャ、職業革命家の『革命』であり、プロレタリアートをその主な同盟者とするものである」(『世界共産党史』)と喝破した。
断っておくが、トカチョフは傑出した革命家であって、ほとんどの民衆は文字が読めない当時のロシア社会で大規模な社会変革を構想した場合、現代的な価値判断を抜きにして言えば、彼の見解はとても現実的だった。その革命論の鋭さとリアリティは、後にこれを継承したボリシェヴィキの勝利によって実証されている。とはいえ、ロシア革命は権力を握った「優れた少数者」が社会運営という点で農民より優れているとは言えないことも実証した。
トカチョフ的な社会観は識字率ほぼ100%の現代日本でも形を変えて生きている。(おわり)
(出典 A. L. Weeks, The First Bolshevik、1968, D. Hardy, Petr Tkachev, the Critic as Jacobin, 1977)