自衛隊のイラク派兵
2004年2月自衛隊本隊一陣出発。自衛隊のイラク派兵を決定した2003年12月、小泉首相が記者会見をし、「国家としての意思」を語った、というより騙った。自衛隊派兵に国家意思なるものを重ねてみせたのである。イラクへの自衛隊派兵は、参戦に等しい、この国の戦後史を画するイラク派兵という一大妄挙に何を思ったのか、憲法前文を持ち出した。憲法の前文、全部の文章ではない。小泉が作為的に持ち出したのは、憲法前文のうち第二段落の最後のセンテンスからである。奇妙なことだ。「国民主権、人権尊重、平和主義」を謳う前文、憲法三原則を意図的に捨象し、一部のみを牽強付会し、「国家理念」「国家意思」「日本国民の精神」を捏造した。
これらを肯定しない人々を威嚇し、自衛隊派兵を正当化したのだ。実に腹立たしい限りだ。例えようもない牽強付会、道理に合わない、自分に都合よく無理難題のこじつけ、言い訳、ねじ曲げ…。腹の底から怒ってもよいのではないか。

近代立憲主義の常識とは何だ。「憲法とは、国家が市民を縛るものではない。市民が国家を統御し、るもの」はないか。憲法の大きな目的の一つは、市民に国家からの自由を保障することである。国家とは、市民にとっての自由の広場そのものでなければならない。

強者が興り弱者亡びる
兵庫県但馬の出身、立憲民政党に斎藤隆夫衆議院議員がいた。彼は1940年2月、帝国議会衆議院本会議において、日中戦争に対する根本的な疑問と批判を提起し、演説した。いわゆる「反軍演説」である。「強者が興って弱者が亡びる。過去数千年の歴史はそれである」「ただいたずらに聖戦の美名に隠れ、国民の犠牲を閑却(ほったらかしに)し、曰く国際正義、曰く道義外交、曰く共存共栄、曰く世界の平和、かくのごとき雲をつかむような文字を並べ、千載一遇の機会を逸し、国家百年の大計を誤るようなことがあれば…現在の政治家は死してもその罪は消えない」
斎藤隆夫は、戦争とは常に弱肉強食の、国家間の生存競争に過ぎないものであるにもかかわらず、それを「聖戦」「国際正義」といった雲をつかむような美名で包み込み、現実の矛盾を覆い隠すことが国を滅ぼす悲劇を招くと訴えている。続けて、「この不公平なるところの事実を前に置きながら、国民に向かって精神運動をやる。国民に向かって緊張せよ、忍耐せよと迫る。国民は、緊張するに相違ない。忍耐するに相違ない。しかしながら、国民に向かって犠牲を要求するばかりが政府の能事ではない。…」と、このままでは今時の戦争は泥沼化し、国民の犠牲は益々大きくなると訴えている。これは「反軍演説」などでは決してない。

「国家緊急権」もくろむ
あらためて、高市首相の「改憲、緊急事態条項(非常事態宣言法)の創設」など、とんでもないことだ、許されない。日本国憲法の、条文のどこをみても「国家緊急権」、またそれに類する規定などない。そもそも緊急事態条項=「国家緊急権」発動は、戦争、内乱、災害といった緊急事態が生じた場合には、「国家が戒厳などの非常措置をとることができる、市民の権利を制約することができる」という、市民への国家暴力を法制上容認するものだ。「非常時」に司法、行政、立法の一切の権限を軍の機関に移管をすることを「戒厳」と呼ぶ。
現憲法に、戒厳を認める成文法の規定そのものがないということこそが、内外政治に国権の発動そのものを控え、その前提のもとに平和的に徹底しなければならないことを意味するのだ。

気がつかない間に
「できれば意見など持たないほうがいい」「もっていても言わないほうがいい」…。「自由」「平等」「権利」「民主主義」は、事足りていると信じてはいないか。「誰も気がつかない間に」変えてしまわれる。かつて「気が付かないふり」をした人々の行為が、累乗化している。もう一度言おう、「自由」「平等」「権利」「民主主義」が事足りていると信じてはいないか。とんでもないことだ。
私たちが日々暮らすこの日本は、戦後から見事な復興を遂げ、世界史上にも例を見ない急成長を果たし、今の繁栄を見るに至っている。中国をはじめとする新興成長国の台頭にうろたえつつ、さらなる成長をめざす国家戦略をとどまることなく策定し、グローバル化した日本の巨大資本も自己の増殖に余念がない。
いまだに、経済活動の規模増大とその拡張の経済成長を絶対不可侵の価値観の「正義」とし、国是としてきている。私たちが、一握りの層の利益のために犠牲となり、彼らのほんの少しのおこぼれの争奪戦に明け暮れるような経済社会は、とても健全なものとは言えない。もう一度言おう、戦後の日本経済は平和憲法と日米軍事の同盟を共存させながら、その実態は米国の戦争に加担することから得られた果実によって成長してきた。復興の足掛かりは、朝鮮戦争による直接特需であったし、ベトナム戦争に伴う間接特需、日本全土の米軍の兵站基地、あるいは最前線基地の見返りとしての米国市場の開放であった。
「戦後の復興」と高度の経済成長を成し遂げた日本の足下には、北朝鮮や韓国、ベトナムの人々、そして沖縄の犠牲があったことを忘れてはならない。

「危機」誇張し軍拡もくろむ
高市政権は「危機」を誇張し、「抑止力」や「自衛」の必要性を訴えている。「集団化」が加速するこの国では、その意味を深く考えないまま流されてしまうのか。だからこそ、「戦争は、だめだ!」と言い続けなければならない。それでは足りない。「戦争は、だめ!」だけではだめなのだ、と言わなければならない。なぜなら、それだけでは「戦争を回避するために抑止力を高める」とか「戦争を起こさないように自衛力を身につける」などのレトリックに対抗できなくなる。

被害と加害の二つの視点
私たちは、戦争の被害だけでなく加害の記憶を刻む必要がある。被害と加害の二つの視点を重ねることで、普通に市井に生きていた人が、なぜあれほど残虐な行為に耽ることができたのか、そのメカニズムが明らかになる。理由までは行き着けないにしても、人間とはそんな存在なのだと実感することができるようになる。戦争の悲惨さ、残酷さが、初めて立体的な姿で立ち現れる。繰り返す。多くの戦争は、自衛の意識から始まる。高市軍国少女は、改憲(九条破棄)、軍事費の国内総生産(GDP)比5%化の大軍拡、武器輸出解禁・拡大、戦闘機に戦車、護衛艦に潜水艦の輸出、スパイ防止法など戦争遂行国家体制への全面転換を猛然と推し進めている。

「戦争が廊下の奥に…」
自衛隊の海外における国際貢献などは定着し、恒常化されつつある。「あの国を侵略してやろう」などと始まる戦争はほとんどない。そして自衛の意識が発動したとき、被害の記憶だけでは踏みとどまれない。加害の記憶から目をそむけずに、何度でも自分に刻みこむ。何度でも刻み込まなければならない。胸を張って刻み込もうではないか。この国が、再び「戦争」を選ばないために。(おわり)(嘉直)
*写真=帝国議会衆議院本会議で反軍演説を行なう斎藤隆夫(1940年2月2日)、*米軍のバクダッド侵攻に抗議する「人間の盾」の人たち(2003年)*全国に広がったイラク反戦デモ。渡辺白泉の「反戦句碑」…。