「終わらんな」洗濯終えたはずなのにポツリと夫が言う戦争を(朝日歌壇、8月23日)
ロシアのウクライナ侵略は4年を迎える。4年を経た今も、ロシアは冬をも武器化し、民間人を標的とする残忍な戦争をエスカレートし続けている。2026年初めまでにロシア軍の死傷者が140万人に及び、死傷者数は月平均約3万人ペースで増えているという。ウクライナ側の死傷者数は52万5千人から62万5千人、そのうち戦死者は12万5千人~15万人とみられている。
ロシアによるウクライナ占領侵略地、ドネツク州・ルハンスク州・ザポリージャ州・ヘルソン州の四州ではロシア人を大量に入植させ、ウクライナ人から没収した住居をあてがう。学校では子どもたちにロシア国歌とロシア語を強制し、ロシアの歴史教科書を学習させているという。少しでもロシアに反抗するものは国家反逆罪で捕らえられ、その数はすでに1万6千人に達するといわれる。

犠牲は子ども、女性へ
ウクライナの人々は今も主権を守り続け、国際法と領土の一体性・信頼できる安全の保証に基づく平和を求めている。ウクライナの未来はウクライナ人抜きでは考えられないし、決定できない。説明責任、安全、国際法の尊重および同国の主権と文化的アイデンティティの保護は、持続可能な平和に不可欠である。
一方、イスラエル、ガザ地区では今なお戦闘が続き、住宅、学校、病院、水道施設、発電所などが広範囲に破壊されたままである。既にガザ地区の人口の約8割以上が避難を経験したとされている。
さらに、数万人規模の死者、その多くが女性や子どもであるという報告がある。食料、水、医療物資の不足が深刻化し、「人道的破綻」の状態にあるとの警告が繰返されている。
ガザ全域で建物の約80%が損傷、または破壊され、耕作地の98%超が損傷または立ち入り不能の状態にある。栄養失調による死者は、455人にのぼり、そのうち子どもが150人以上を占める深刻な状況が続いているという。
ウクライナもガザもイランも崩壊の街はあたかも戦後の日本(朝日歌壇、4月5日)

朝鮮、ベトナムからの道
アメリカは、第2次大戦以降も朝鮮でもベトナムでも、中東でも中南米でも、そしてアフリカで、ひたすら侵略戦争を行ない続けてきた。ソ連をも崩壊に追い込み、いかなる帝国主義も追随できない軍事力と戦争遂行能力を持ち、それをさらに更新し続けている。
2026年、アメリカ、トランプ政権の大暴走が始まった。ウクライナ戦争では、ヨーロッパ全体を戦時体制に巻き込み、ガザ、パレスチナへのアメリカ、イスラエルのジェノサイドを伴う残虐無比の侵略戦争。ベネズエラでは一国の大統領を拘束し、自国での裁判にかけるという、とんでもない軍事侵略を行なう。キューバへの経済封鎖と体制転覆を目指すという。石油遮断攻撃し、中南米、西半球をアメリカの勢力圏に。「西半球は、アメリカのものだ」とするトランプ「ドンロー主義」の発動、アメリカ、イスラエルの中東、石油支配、「イランの核・弾道ミサイル開発阻止」を掲げ、戦争を遂行している。

イランへ向かう攻撃
2月に始まったイラン戦争は、イスラエル、アメリカ合同の“解放”を謳い、その実はイラン・中東の支配と石油強奪の戦争である。イラン国内で少なくとも「死者は数千人規模に達している」と報じられているが、正確な人数は日々変動しており、公式の発表はされていない。開戦から約1カ月時点で、イラン側の死者は1973人、負傷者は約2万4800人とされている。明白なのは、おびただしい人々が殺傷されているということだ。イラン側の死者は、実際より桁が違うのではないかと思われる。
通常の破壊力ではない兵器が使用されており、今なお死者数がどんどん増えている。ハイテク兵器、“ピンポイント兵器”の精度はどうなのだ。イラン南部の小学校がミサイル爆撃を受け、児童ら150人以上が犠牲になったという。これまで、あたかも非戦闘員が殺されていないかの報道がされているが、とんでもない。巡航ミサイル・トマホーク、地中貫通弾バンカーバスターが投下され、劣化ウラン弾が使われているのではないか。
無差別兵器のクラスター爆弾が使用され、多数の住民が殺傷されているのではないか。大殺戮は、世界の目が監視しようとも日々確実に実行されていく。私たちは、この殺人を「制止することもできずに」いる。

「若者の政治感覚」
6月に開催した、私たちの地域平和学習会「若者の政治感覚はどこに」で、ひとりの若者が語った。「今日の世界で開始されている戦争を、どう思うか」に応え、「他国の出来事ですから」と、いとも簡単に、実に素直に突き放した。
イラン、イスラエル・ガザ地区で、ウクライナで毎日のように行なわれている殺人行為は、死者一人ひとりに名前があり、言葉があり生活があり、今から何十年と続く未来が、一人ひとりにある。想像してみよ。今の今、子や母や父が、いままた一人、ああまた一人殺されているではないか。
イランでも、ガザでもウクライナでも数人の軀がミサイルで、爆撃で、襤褸のように千切られ血が噴き出し、脳漿や臓腑が散らばり、もはや人の形でなくなった肉の塊が、それでも理不尽の死を前に、生きる者として最後のうめき声をあげたのではないか。そんな、絶望的と思える想像にとらわれてしまうが、それがふ事実として生まれてきたとき、これまで以上に、この巨大な大国を憎まざるをえない。どうしてイラン、ガザ、ウクライナ、それぞれの戦場、住宅の堆く壊された瓦礫の山の中、失われている一人ひとりの命と言葉と名前と未来に思いを馳せようとしないのか。

「防衛装備の移転」という武器輸出
事前に計画された戦争犯罪を、確実に起きると知っていながら阻止しようとしなかった、阻止できなかった…、本気で阻止しようとせずに、“集団処刑”を遠巻きにした、それは例えようもなく残酷な、残忍ことである。アメリカ、イスラエルは、「兵器実験場」を確実に世界に増やしている。日本も、追随しようとしている。武器輸出三原則から「防衛装備移転三原則」へ。“武器輸出の目的”を「救難・輸送・警戒・監視・掃海」に限っていた「5類型」の制限まで撤廃した。高市首相は「装備移転を戦略的に推進していく」という。(嘉直)(つづく)