30件もの無罪判決を確定した元裁判官の木谷明氏。その木谷氏と同時期に、14件の無罪判決をかちとり「冤罪弁護士」と異名をとったのが今村核(かく)弁護士である。そのドキュメンタリーがテレビで放映された。本書の著者はそのドキュメンタリーのディレクターである。
 有罪率99・9%という日本の刑事裁判の異常な壁。その壁に20年以上にわたって挑み続けたこと自体が注目に値する。 「疑わしきは罰せず」という推定無罪ルールは、実は看板倒れでほとんど機能していない。検察官の立証にいくつもの矛盾があっても、「弁護側が無罪を立証」できなければ、およそ無罪にはなりえない。日本の刑事裁判の闇である。
 「ひっくり返さねばならない」という信念にとことんこだわりつづけたのが今村弁護士だった。その姿はギリシャ神話に出てくるシジフォス(注)が、その与えられた罰と格闘している姿と重なるようだ。
 どうすれば日本の刑事裁判の矛盾構造をひっくり返すことができるのか。今村弁護士は「解決不能の課題」に自分の生きる目標を置いているかのように見える。彼はそうしたことを一言も発するわけではないが、著者の筆致は、読む者すべてがこの課題を共有するように迫ってくる。
 
長期勾留と自白強要
 
 被疑者が自白を強要された放火事件。今村弁護士は1枚の写真から梁と床の間に「根太(ねだ)」という角材を発見する。そして自ら火災現場の2階床下を再現し火災実験を行う。その結果、検察官が2カ所としていた火元説を完全にひっくり返し、無罪判決をかちとった。
 バス痴漢事件。1審で弁護側は検察官が主張する右手で痴漢行為をやっていないことを立証した。ところが裁判官は左手で行った可能性に言及して、被告を有罪とするでたらめな判決を下した。2審の裁判には、ドライブレコーダーに残された映像を1コマ1コマ200回以上も見て挑んだ。「大体100回くらいみると、だんだんわかってくるんですよ」と今村氏は言う。
 1コマ単位で立証を行い、3つの鑑定書を提出。2審の判決は無罪だった。
 日本の警察と検察の自白偏重主義は戦前から続く。自白を強要するための長期勾留という人質司法や証拠の不開示などその理不尽さがこれでもかとばかりに見せつけられる。日本の刑事裁判の闇とその犠牲になる無辜の人びとたち。そのすべてを「ひっくり返さねば」、今後も「冤罪」は続くのである。     (村)
(注)ギリシャ神話の人。ゼウスを欺いた罰をうけ、苦難に呻吟させられる。