日本共産党の5月の党勢は、「入党251人、『赤旗』読者は後退」となった(6月2日付け『しんぶん赤旗』見出し)。「赤旗」読者は「日刊紙300人減、日曜版1464減」、電子版は合わせて407人増」だった。これで「赤旗」読者は11カ月連続減少となる。4月中旬に田村智子委員長は「『赤旗』の発行危機は、月を追うごとに深刻化しています」と報告していた(4月15日付け「赤旗」)。「入党」しか書かないが、党員の死亡、離党も月に数百人はいるのではないか? 多党化の趨勢のなかで、国会議員は衆議院4人:第7党、参議院11人:第6党に過ぎない。
 党勢の深刻な後退に直面した場合、普通の政党なら、その原因を自党の弱点はどこにあるのかを探るであろう。
 だが、このような困難な局面のなかで、志位和夫議長は昨年7月に『Q&A 共産主義と自由──「資本論」を導きに』を刊行していらい、マルクスに依拠して「共産主義と自由」を強調している(時に主張しない場合もあるが)。8月に『Q&A いま「資本論」がおもしろい──マルクスとともに現代と未来を科学する』を、今年1月には『自由な時間と「資本論」──マルクスから学ぶ』(3冊とも新日本出版社)を刊行した。この3冊の著作は「青本」「赤本」「緑本」と称され、「赤旗」で大きな広告が出されている(5月26日など)。
 志位氏は、「青本」の「Q4」では「50億人の犠牲のうえに超富裕層が空前の繁栄を謳歌」と見出しにし、「Q9」では「資本主義」の「利潤第一主義」を批判し、「Q14」では「どうすれば『利潤第一主義』をとりのぞくことができるのですか」と問い、「『生産手段の社会化』によって、『自由な生産者が主人公』の社会をつくる」と答える。
 その上で、志位氏は、マルクスが「自由」を強調したことを克明に論じている。「青本」の出版発表記者会見では「マルクスは、社会主義・共産主義の最大の特徴として『人間の自由』を……語っています」と強調した(2025年7月12日付け「赤旗」)。「青本」の「Q8」では2024年1月に開かれた第29回党大会の決議を「21世紀の日本共産党の〝自由宣言〟と呼んでいます」とまで強調した。
 私は、「青本」刊行直後に「志位和夫氏の『自由』偏重は誤り──志位和夫氏の新著を批判する」(季刊『フラタニティ』第35号:9月)で、前記の「利潤第一主義」批判などについては肯定的に評価したうえで、「自由」だけを強調する志位氏に対して、「殺人の『自由』はどうなるのか? まさか肯定することはないだろうが、『自由』に伴う『責任』や制約についてまったく触れないままで良いのか?」と批判した。法学者・尾高朝雄は名著『自由論』(勁草書房、1952年。ロゴス、2006年再刊)で「自由」と「責任」が一体であると明らかにしていた。また、「志位氏の『自由』論に欠落しているもの」として、「『言論の自由』とは書かない」ことを指摘した。
 志位氏は「赤本」では「『戦争からの自由』がたしかな現実になるでしょう」と書いた(149頁)。何ともおかしな造語である。
 昨年10月にはインターネットメディアのリハックで東京大学准教授・斎藤幸平氏と対談した。「赤旗」は1面トップに「『資本論』を読むムーブメントで協力を」なる大見出しでこの対談を紹介し(11月1日)、「『資本論』と現代を語る」の見出しでその内容を連載した(5日〜13日)。そこでは、「私たちの目指す未来社会、社会主義、共産主義となったら、『自由な時間』をみんなが持てるようになる。その場合の時間の使い方は、文字通り自由になる……まさに、なんの制約もなく、みんなが享受できる」(11月7日付「赤旗」)とまで語った! 「なんの制約もなく」とは驚きである。斎藤氏はこの発言に応答しなかった。黙認したということか?
今年3月2日、志位氏は鳩山由紀夫元首相とインターネット番組「UIチャンネル」で対談した(3月6日付「赤旗」)。対談の終わりのほうで鳩山氏が「私が主張している友愛というのは、自由と平等は両方とも非常に大切だ。二つの概念を両立させるのは友愛なんだという考えなんです」と話した(私なら「共産党の綱領には『友愛』とは書いてありませんが」と付言する)。志位氏は一言だけ「自由、平等、友愛。フランス革命いらいの進歩的思想ですね」とだけ応じた。何とも中身が無い。実は、志位氏は「青本」の「Q16」で、マルクスから「自由、平等、友愛」を引用していたが、「友愛」はこの引用だけで一言も説明していなかった。
 4月23日〜5月6日に志位議長を団長とする代表団がアメリカとカナダを訪問し、アメリカ共産党やアメリカ民主的社会主義者と交流し、それらでもこの論点を前面に出した。帰国後には「赤旗」で「志位議長とハートマン教授〔アメリカのイリノイ州立大学〕の対談──マルクス、アメリカ、自由論を語り合う」(5月15日)を掲載し、5月16日には「大学人と日本共産党のつどい」を開き、「赤旗」6頁を使って報道した(21日)。その翌日に「赤旗」はこれまで14頁だったが、6月からは12頁に減らすと発表した。
 この講演では最後に「2024年の第29回党大会では、『人間の自由』こそ、社会主義・共産主義の目的であり、最大の特質であると……打ち出した」と語った。前記の「私たちの目指す未来社会、社会主義、共産主義」と微妙に異なる。「社会主義、共産主義」という共産党だけのジャルゴンも使わないほうが良い。マルクスは「社会主義、共産主義」と書いたことがあるのか?
 志位氏による「共産主義と自由」の強調は、共産党に深く染み付いた〈独善性〉の表れである。だが、内部でもそれほど浸透していないようである。その一例を上げよう。普通の新聞と同じ版でカラー2頁の「日本共産党都議団報告」4・5月号では都政の問題点について取り上げているが、そこには「自由」とは一言も書かれていない。つまり、「自由」の強調は、現場の感覚とはズレている。志位氏の言い分とは違って、「赤旗」で第29回党大会の決議を「21世紀の日本共産党の〝自由宣言〟」と呼ぶ党員はいない。
 マルクスが『資本論』で解明した資本主義経済についての分析は、今日でもなお継承されなくてはならないが、「自由」の強調は逆に克服しなくてはならない弱点なのである。この問題については、拙著『マルクスの光と影──友愛社会主義の探究』(ロゴス、2021年)参照。
 私が強調する〈友愛〉について一言説明する。「自由・平等・友愛」として広く知られているが、「自由」には責任と制約が伴い、〈平等〉には基準が必要であるが、〈友愛〉には何の制約も無い。だから、〈友愛〉こそがもっとも根源的で大切なのである。本稿の初めで志位氏の認識として確認した「超富裕層」の問題、別言すれば〈貧富の巨大な格差〉を解決するためには、「自由」ではなく、〈平等〉と〈友愛〉を強調したほうが有効であろう。
 なお、どんな政党でもその党員は綱領や規約に反する言動は制限される。だから、志位氏は「言論の自由」に触れないのであろう。
 そして、「友愛」の無視・欠落は、〈友愛〉を大切なものと考える人たちを遠ざけるだけである。共産党は、党勢の長期後退の主要な原因の一つがこの欠落にあることを知り、反省する必要がある。
 最後に付言するが、私は1978年に新左翼の活動家だった時に「日本共産党との対話」を主張した。2006年には長く共産党の副委員長を務めた上田耕一郎さんから「実にエネルギッシュな活動ぶりですね」と一筆された年賀状を戴いたことがある(拙著『日本共産党をどう理解したら良いか』ロゴス、2015年、101頁にハガキ写真掲載)。