広島は戦前、旧陸軍第5師団、陸軍船舶部隊などが置かれ、「軍都」と呼ばれた。宇品港に近い、出汐町にレンガ壁の「被服支廠」が残る。軍服や軍靴などを製造、軍需物資を集積し戦地に送る補給の拠点だった。いわば「加害」のまち。「だから原爆…」という説もある。しかし、侵略戦争に組みしたのは日本中、どこもそうだった。アメリカの意図、目的はトリニティ実験ではわからなかった「35万人の人間、都市に投下すれは、どうなるか」にあっただろう。投下はネバダ砂漠での実験から、わずか2週間後だった。