世界の領土的分割、植民地のための闘争、経済的領土のための闘争を基礎とし、一定の関係が形成されているのか。
学生時代にレーニン全集を買いそろえ、リュックに背負い持ち帰っていたが、1995年、阪神・淡路大地震で住居もろとも押しつぶされてしまった。部屋の片隅にそっと積み上げていた岩波文庫版『帝国主義』を、なにげなくパラパラとめくり、読み直してみた。レーニンが析出して見せた帝国主義の五つの特徴は、アメリカトランプの「暴走列車」のなんたるかを鮮やかに描いていた。①生産と資本の巨大企業への集中と独占、②金融少数、寡頭制支配が形成、③独占と金融資本の形成によって生じた過剰資本の輸出、④国際的独占体による世界市場の分割資本および国際カルテル、国際シンジケート、国際トラストなどによる世界の分割協定、⑤資本主義的最強国による地球の領土的分割が完了していることの、5大要因が掲げられている。かつて生まれ、そして消えていた「資本主義の最高の発展段階」とは、いまようやくアメリカで実質を整え、乱暴極まりない本性を見せ始めているのかもしれない。

「新自由主義」という資本主義
新自由主義者たちのグローバル化も、この枠でとらえればすっきりするかもしれない。「死滅しつつある資本主義」は、その死を前にして大いに悶え、大小の戦争に撃って出ている。「最新の資本主義の時代」は、われわれに次のことを示している。すなわち、資本家団体の間には、世界の経済的分割を基礎として一定の関係が形成されつつあり、これと並び、また関連し、政治的諸団体の間に、諸国家の間に、世界の領土的分割、植民地のための闘争、「経済的領土のための闘争」を基礎とし、一定の関係が形成されつつある」ということである。
列強の内に生じている高い利潤が、一部の労働者に特権的な大いなる位置を与え、さらに「労働者貴族層」を生み出し、反対にとんでもない労働者層を生み出している。

人権は、どこに
人権とは、どこにあるのだ。人権も国籍も失った難民が、全世界で2千万人…。格差社会、いやとんでもない階級社会ではないのか。階級社会はなくなっているのか、いや1日中働いてやっと食っていけるかどうかの労働者階級は、現に存在する。レーニンのいう階級闘争の担い手かどうかは別にして、そこから日々脱落する者が法の庇護に置かれるのではなく、法的に駆逐されていく。とんでもないことが起きている。国家そのものが、自ら死滅の歩みを始めている。「死滅しつつある資本主義」が形成されつつある。「緊急」「例外」「特例」などの言葉を持ち出し、死滅の歩みを覆い隠そうとしている。

後ろ向きに低下していく日本国憲法
政治とは、いずれにしろ徹頭徹尾インチキの固まりにすぎない。あれだけの戦争をやらかした、かの吉田茂は1946年6月、「帝国憲法改正案」衆議院本会議で、上程提案理由の国会答弁を行ない万雷の拍手を浴びたという。「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第九条第二項に於いて、一切の軍備と國の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も抛棄したものであります。従来、近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたものであります。満洲事変しかり、大東亜戦争また然りであります」「戦争放棄に関する憲法草案の条項に於きまして、国家正当防衛権に依る戦争は正当なりとせらるるようであるが、私は斯くの如きことを認むることが有害であると思ふのであります」「近年の戦争は多くは國家防衛権の名に於いて行なはれたることは顕著なる事実であります。故に、正当防衛権を認むることが偶偶(たまたま)戦争を誘発する所以(ゆえん)であると思ふのであります、また交戦権抛棄に関する草案の條項の期する所は、國際平和国體の樹立にあるのであります。國際平和国體の樹立に依って、凡ゆる侵略を目的とする戦争を防止しようとするものであります。併しながら、正当防衛に依る戦争が若しありとするならば、其の前提に於いて侵略を目的とする戦争を目的とした國があることを前提としなければならぬのであります、故に正当防衛、國家防衛権に依る戦争を認めると云ふことは、偶偶戦争を誘発する有害な考へであるのみならず、若し平和国體が、國際團體が樹立された場合に於きましては、正当防衛権を認めると云ふことそれ自身が有害であると思ふのであります。ご意見の如きは有害無益の議論と私は考へます」。
なんたることだ、70年後の今はどうだ。事態はめぐり、めぐり、政治の退行というべき民主主義や自由などの水準が、以前より完全に後ろ向きに低下している。

『あたらしい憲法のはなし』
あきれてはいられぬ「皇統二千六百年」本気で語る議員に(朝日歌壇、8月23日)
吉田茂の国会答弁のあと、1946年に日本国憲法が公布されたことを契機として、『あたらしい憲法のはなし』が1947年に刊行され、日本国憲法の理念を子どもに伝える目的で全国の中学校で使われた。日本国憲法を中学生向けにやさしく解説した文部省の教科書兼副読本だ。
「…こんな戦争をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。…そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう」と訴える。

9条の「二つのこと」
長々と引用をしたが、「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました」が、「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです」、その2年前まで日本が繰り広げた侵略戦争で日本国民とアジア諸国民に甚大な被害を与えた、憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」決意を明らかにした。9条で戦争を放棄し、戦力は持たないと決めたことが、『憲法のはなし』で言う「二つのこと」だ。(嘉直)(つづく)