4月は雨の日が多い。23日、私の住む神戸も朝から小雨が降っていた。傘を左手で差しながら電動車いすを運転し、最寄りの駅に向かった。7時前の電車に乗り、新神戸駅まで約50分。

トイレの難儀
頻尿のせいでトイレが近く、その上に脳性マヒの二次障害で頸椎の圧迫からくる手のしびれがひどく、しびれを抑える漢方の副作用か、おなかが緩い。新神戸駅で多目的トイレを使おうとしたら、「使用中」の表示が出ていた。仕方なく一般のトイレで手すりにつかまりながら小用をする。車いすの横を人が通る度に「すいませんね」と言わねばならない。
小用を済ませてから多目的トイレにいくと、中から普通のオッサンが出てきた。私のほうをチラッと見て何も言わずに行ってしまう。こういうことはしょっちゅうだ。
大分に着いても、雨が降っていた。晴れていれば大分地裁まで歩いても20分くらいで行けるが、タクシーで行くことにする。駅から地裁までメーターが上がらないので運転手さんの機嫌が悪かった。

車椅子に狭い傍聴席
判決の言い渡しは、午後3時から。控室には何人かの傍聴希望の人たちが集まっている。裁判所の職員の説明では、車いすの傍聴枠は5人、一般傍聴枠は47人ということだった。原告、傍聴の車いす利用者は10人を超えており、裁判所の配慮のなさを感じた。
結局、車いす枠、一般枠ともに抽選となった。私は抽選から外れたけれども、裁判を支援する方の配慮で傍聴できることになった。雨の降りしきる中を、原告団・弁護団を先頭に入廷行動をした。さすがに、マスコミがいっぱい来ていた。
午後2時50分、判決言い渡しまで10分になった。法廷は静まりかえっている。この裁判を始めた吉田春美さんの遺影をみて、涙がでた。遺影を裁判官に向けることすら許されないのだろう。テレビ局の代表撮影が始まる。JR側の弁護士は入廷していない。いつものことだけれども、テレビに映ると顔がさして嫌なのだろうと思った。テレビ局の撮影が終わっても、JR側の弁護士席は空席のまま。裁判所の廷吏3人が、法廷の一番後ろ壁際に座った。この時、私は「敗訴になるのではないか」と思った。いつもの裁判と、雰囲気が明らかに違ったからだ。

「原告の訴えを棄却する」
3時ちょっと過ぎたところで、冨田美奈裁判長が判決を言い渡した。「原告の訴えを棄却する。訴訟費用は原告とする」…。裁判長が棄却理由を述べる。「差別的取り扱いや、合理的配慮義務違反とは言えない」「遠隔監視システムは安全性確保に寄与している」「経営状況や人的体制を踏まえると、駅員配置は過重な負担」など。
いったい、裁判って何なんだろう。5年もの時をかけて…。障害者の心からの叫び、「裁判長、駅は、壁のない建物です。アイマスクをして駅を歩いてみてください」は、なぜ届かないのか。
私は、NHKの「ハートネットTVを観て、この裁判を知った。亡くなった原告の吉田春美さんの、「楽しく裁判をしよう」「ぼくにとって、たった一駅電車に乗ることが楽しい旅」という言葉に、ものすごく感動したのだ。裁判闘争は「拳を振り上げてするもの」だった私にとって、目からウロコだった。裁判の傍聴に初めて行ったのは、コロナが流行っていたころ。吉田さんと、顔を合わせてじっくり話せなかったことが、悔やまれる。

駅は無人化、利益計上のJR
そもそもこの裁判は、2017年8月にJR九州が経営効率化を理由に、大分市内8駅の無人化を発表。2020年9月23日、吉田春美さんら3人の障害者がJRを提訴し、2022年9月、車いす障害者2人が2次提訴、2023年2月に視覚障害者1人が第三次提訴した。
JR九州は、民営化にあたって国から3877億円もの援助を受け、減損処理によって鉄道部門だけで200億円を超す利益を計上。株主に100億円以上の配当を行なっていながら、裁判では20億円の赤字と主張してきた。そして、「少子化によって駅員の確保が難しくなってきた」と屁理屈を述べた。
さらに、裁判進行中の2022年12月15日、駅員不在の津久見駅で視覚障害者の女性が列車に轢かれる死亡事故が起こった。JR側は、「女性自ら線路に降りた可能性が高い」と言い放つ。裁判所も「事故原因は不明で、無人駅の危険を示したことにはならない」とした。何という非人間的判断だろう。どこの視覚障害者が、危険極まりない線路に自ら降りていくのか。

「障害者に鉄道を使わせない」のか
判決後の集会で、原告の宮西君代さんは「障害者は鉄道を利用しなくてよい、と言われているようだった。裁判長は、勉強が出来ても人間の心がない」と、ふり絞るように悔しさをにじませた。徳田靖之弁護団長は、「同じ司法の場にいるのが恥ずかしくなるような判決だ」と述べた。
最初に裁判を提起した吉田春美さんは、コロナに罹りながらも乗り越えたが、残念ながら癌に冒され、2022年9月14日に亡くなった。亡くなる時の最後の言葉が「みんな…」だったと言う。
今後、裁判の場は福岡高裁になるだろう。私も、あの優しい吉田さんの笑顔を忘れずに、今後も原告団・弁護団の応援を続けたい。