
藤田早苗さんの講演会がエルおおさかで開かれた(6月20日、関西生コン支部人権部主催)。
「人権」ということは、ある程度分かっていたつもりだったが、自分の考えがいかに浅はかだったか思い知らされた。藤田さんは法学博士で英国在住。特定秘密保護法案や共謀罪案について英訳し国連に通報、その危険性を周知させた。
藤田さんは「思いやりと人権は別物だ」と言う。例えば、視覚障害者が道路を渡れずに困っている。その時、「手を引いて渡らせてあげましょう」という対応(もちろん、これはすばらしいことだが)ではなく、「音声付きの信号機をつけさせるようにする」ということが、本当の人権を尊重することだと…。親切な人が、いてもいなくても、いつでも視覚障害者が道路を渡れるようにするということだ。
人権を実現するための「尊重の義務」(不当に制限しない)、「保護の義務」(第三者による人権侵害を防ぐ)、「充足の義務」(条件を整える)ことは、政府が負っている。その政府の義務を具体的に規定しているのが、国際人権条約だ。条約は国内法よりも上位である。日本は締約国でありながら、守らない。2024年10月、女性差別撤廃条約の審査で「夫婦の姓の選択に関する法律」の改正や、「女性が国会議員に立候補する際の供託金を300万円から引き下げる」などの勧告を日本政府は受けたが、「一方的な声明で抗議せざるを得ない」「個人の意見だ」と反論し、なにもやらない。

人権侵害を受けた個人が、国内の終審判決に不服が残る場合、人権条約機関に直接訴え、救済を求められる制度としてある個人通報制度についても、先進国の中で使えないのは日本だけだ。日本の「人権教育」は、「人権尊重の精神を涵養すること」となっているが、英国の人権教育は幼稚園の時から「人権実現のための知識と手段について実際に教える」ことだという。知識としての「人権」を知ることだけではなく、人権の大切さについて多くの人に知らせ、行動することが大事だと、藤田さんは強調した。
関西生コン支部は、弾圧を受ける中で人権について学び、春闘要求で人権項目を入れるまでになっている。私も、藤田さんの著書『武器としての国際人権』を読むことから人権について学び、国内人権機関設置に向け活動する人々と共に、行動していこうと思う。(蒲牟田)
