
あきれてはいられぬ「皇統二千六百年」本気で語る議員に(朝日歌壇、8月23日)
吉田茂の国会答弁のあと、1946年に日本国憲法が公布されたことを契機として、『あたらしい憲法のはなし』が1947年に刊行され、日本国憲法の理念を子どもに伝える目的で全国の中学校で使われた。日本国憲法を中学生向けにやさしく解説した文部省の教科書兼副読本だ。
「…こんな戦争をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。…そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました」

「戦力の放棄」
「その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」
「もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです」
「そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう」と訴えた。
長々と引用をしたが、「こんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました」が、「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです」
その2年前まで日本が繰り広げた侵略戦争で日本国民とアジア諸国民に甚大な被害を与えた、憲法は前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」決意を明らかにした。9条で戦争を放棄し、戦力は持たないと決めたことが、『憲法のはなし』で言う「二つのこと」だ。

開き直る高市首相
刑罰で愛国心を強制す そんな日の丸 滅びてしまえ(朝日歌壇、7月26日)
高市首相はいう、「少なくとも私自身は(先の戦争の)当事者とは言えない世代ですから、反省なんかしておりませんし、反省を求められるいわれもないと思っております」…。
日本国憲法を後ろ向きに低下させてきた政治家どもが、「平和憲法のおかげで戦争によって他国の人を一人として殺さないですんだ」という。冗談をいうなよ、嘘をつけ、恥ずかしくないのか。

朝鮮戦争と憲法9条
1950年6月、第二次世界大戦後に南北に分かれた朝鮮が、武力で統一をめざし衝突した。第二次大戦後としては例をみない激しいものだった。韓国軍は約20万人、米軍約14万人、「国連軍」全体で36万人が死傷をした。一方、米国軍の推計では、朝鮮民主主義人民共和国、北軍は約52万人、中国義勇軍約80万人が死傷した。毛沢東の息子2人も戦死している。民間人の犠牲者は100万人とも200万人、全体で400万人の犠牲者が出たと言われている。想像を絶する規模だ。多くの民間人が、虫けらのごとく殺されている。半島の山河は形が変わるほど爆撃された。朝鮮の人々を殺した米軍機は、どこから発進したのか。「戦争を二度と起こさない」と訴える憲法をもつ、日本からだ。すでに憲法九条があったにも関わらず、どうなのだ。
「植民地支配」に遡る責任
戦争の間、日本では目立った反戦運動もなく、隣国の戦火を大いに利用し、もっぱら金儲け、「朝鮮特需」で荒稼ぎした。戦後、アジアでの米国の戦争に貢献し、大儲けした。戦後日本の経済復興こそ、徹頭徹尾アジア諸国への戦争に加担をすることに依っている。朝鮮戦争までは日本経済は回復をしなかった。
1950年に始まり3年間続いた朝鮮戦争は、冷戦初期の代理戦争であったが、同時に日本のかつての植民地支配によるものだ。この戦争で日本は、流された血を吸って金儲けした。日本の企業は米軍が使用する「爆弾から衣服にいたるまで」造り売り、ぼろ儲けした。日本の資本主義は、繊維産業を中心とする軽工業から、重化学工業への転換の糸口をつかんだ。この戦争で日本は兵站基地となり、あらゆる補給物資の供給国となり、その役割を確実に果たしたのである。
さらに、極秘に掃海艇を派遣、派兵し「参戦」した。掃海作業中、1隻が蝕雷し「殉職、戦死者」も出した。(嘉直)(つづく)
