劣情が組織されるカラクリを暴く
第1章「ひろゆき論」、第2章「山上徹也の閉ざされた政治的世界」、第3章「石丸現象」とTiK TоK、第4章「オールドなもの」への敵意、第5章「財務省解体デモの論理と心情」、第6章「参政党『真ん中』からの反革命、第7章「曖昧な弱者」とその敵意」の章立てである。今の日本社会の分析が、なかなか鋭い(山上を同列に置くのは解せない)。
「明白な弱者」だけが、「特別扱い」されるのは「不公平」として、「曖昧な弱者」が憤怒を抱き「明白な弱者」に敵意をむける、2020年代の日本社会を解き明かす。

「曖昧な弱者」とは
「曖昧な弱者」がキーワードだ。「曖昧な弱者」は、富裕層と貧困層の対立ではなく、中間層の「アッパーミドル層」と「ロウアーミドル層」の格差分裂のなかから、ロウアーミドル層のおいてきぼりの怒りや焦燥感を、「明白な弱者」に対してと、ロウアーミドル層の困難に気づかず、「明白な弱者」擁護のみを訴える「リベラル派」を敵視して叩く、インフルエンサーや政治家たちの猛威を振るう構造を描く。
世界の「先進国」に漏れず、年収の「平均値」と大きく下方にずれた「中央値」の格差が、何と126万円もあるとの指摘…。平均値さえよりも126万円も低い、ロウアーミドル層の膨大な発生という指摘は重要だ。ロウアーミドル層から、みれば、「なぜ貧困層だけが」「女性だけが」「外国人だけが」助けられるのか…。まさしく「優遇措置」を「特権」と読み違え、劣情が組織されるカラクリが見事に暴かれる。
加速される「弱者」への敵意
そのロジックは、「曖昧な弱者」には配慮や援助制度は届かないが故に、ある意味「真の弱者」となり、「自分の方がつらい」となる。だから「偽の弱者」の「化けの皮」を剥ぎ、その「特権」を奪い取ることが「正義」となり、「明白な弱者」への敵意が正当化され、攻撃が加速されるという。「弱者の特権」の擁護者であるリベラル派も、また攻撃の対象となる。リベラル派は独善的な正義を押し付ける高慢な存在という指摘に、「う~ん!」と唸ってしまう。

ヴァンス米副大統領は、『ヒルビリー・エレジー』(ラストベルトでの生活描いた自伝、300万部のベストセラー)で、「私のようなヒルビリー(田舎者)が、他の社会集団(私たちより明らかに困窮している黒人やマイノリティ)よりも人生を悲観している事実は、何か特別な事態が進行している」と述懐する。地域を成り立たせてきた大工場が海外に移転し、地域に働く場がなくなったとき、労働者たちの生活と家庭の崩壊や絶望への転落が、どんなに激烈なものになるか。これでもか、と描かれている。そうした時、トランプの登場は救世主となる。ふと、「そうか!」と共感してしまいそうになる。

橋渡しする道を探る
劇場型の演出で対立の構図を煽り、どうして「曖昧な弱者」が取り残されてしまうのかを描き出し、「既得権益層」を批判し、やっつけてくれるインフルエンサーや政治家の登場に救われ、共感してしまう。「リベラル派の崩壊が、なぜ起こるのか」…深淵を観た気がする。
著者は、最後に「明白な弱者」と「曖昧な弱者」を対立させるのではなく、共に救われる策を示し、橋渡しする道を探るべし、とくくる。リベラル派必読の書か―。(啓)