史上初の朝米首脳会談の実現
 北朝鮮のキム・ジョンウン委員長は2018年1月1日の「新年の辞」で「南朝鮮では冬季五輪大会が開かれ、北の南にとって共に意義深い年だ。… 凍結状態にある北南関係を改善し、意義深い今年を民族史において特記すべきとして輝かせなければならない」と述べました。そしてキム委員長の妹のキム・ヨジョン党副部長が代表団を率いてソウルを訪れ、平昌オリンピックに参加しました。
 この年は4月17日と5月26日に板門店南北首脳会談が行われ、9月18~20日の平壌南北首脳会談とあわせて一年間に三度の南北首脳会談が開催されました。そして6月12日、キム・ジョンウン委員長とトランプ大統領による史上初めての朝米首脳会談がシンガポールで開催されました。北朝鮮の宿願がついに実現した瞬間でした。
 北朝鮮が「南北対話」そして「朝米対話」路線に転換したのには理由がありました。北朝鮮は、経済建設に集中するために自国の外部環境を平和で安定した状態にする必要があったのです。具体的には朝鮮半島の停戦協定を平和協定に転換し、敵対関係にあったアメリカとの国交を正常化することでした。

「島国の韓国」から「大陸の韓国」へ
 一方で韓国側、特にムン・ジェイン大統領はどのように考えたのか。地図上では韓国は、ユーラシア大陸の一部ですが、38度線によって遮断されているため、事実上、島国なのです。韓国は38度線以北へは道路も鉄道も人もいけない島国なのです。
 そのため、例えば現代自動車がヨーロッパに部品や完成自動車を輸出する時にはアフリカの南端を回るか、スエズ運河を通っていかなければなりません。もしも南北が鉄道でつながり、これをシベリア鉄道と連結すれば、釜山から5日でパリに着きます。まさに「物流革命」です。韓国の歴代の民主党政権は、「島国の韓国」を「大陸の韓国」にして「ヨーロッパと直結する」ことを目標にしてきました。
 こうした南北の思惑が2018年に合致をして、三度の首脳会談が開かれ、トランプが大統領だったという「好運」によって、朝米首脳会談が実現したのです。私は非常に大きな期待を持ちました。また日本社会の中にも「朝鮮半島が大きく変わる」という期待が膨らんでいました。

「先に非核化、後に提供」
 しかし事態は期待通りには進みませんでした。朝米首脳会談で合意したシンガポール共同声明を具体化するために、ポンペイオ米国務長官が7月6日から7日にかけて平壌を訪問し、北朝鮮の対米交渉の責任者であったキム・ヨンチョル労働党副委員長らと協議を行いましたが、結果は決裂でした。米国側の要求は、「まず北朝鮮が非核化を行え。そうすれば米国が平和協定の締結と国交正常化をその後で行う」というものでした。
 これに対して北朝鮮は、「北がAをやれば米国もAで応える。続けて北がBをやれば米国もBで応えるというように相互段階的にシンガポール共同声明を実現することによって、朝米間の信頼関係を醸成していく」という立場でした。当然、米国の「まず北が核を放棄しろ」という要求はのめません。米国の「先に非核化、後で提供」という路線は今も変わりません。結局、2019年2月にハノイで開催された第2回朝米首脳会談は決裂しました。
 この過程でもう一つ注目すべきことがあります。それは、2018年11月に作られた韓国と米国の政府間に作られた韓米ワーキンググループです。これは韓国の同盟派とアメリカの国務省による合作によるものでした。この韓米ワーキンググループが、板門店宣言(2018年4月27日)や平壌宣言(同年9月18日)で確認された「南北の鉄道と道路の再連結」と「開城工業団地および金剛山観光の再開」を「国連の制裁決議違反」として認めなかったのです。そのため、南北の首脳レベルで行われた重要な合意事項が履行されませんでした。

キム・ジョンウンの苛立ち
 これにしびれを切らしたキム・ジョンウン委員長は、2019年1月の「新年の辞」で南に向かって、金剛山観光開発と開城工業団地を無条件で再開するよう提案しました。また1月18日には、キム・ヨンチョル朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長が、「米国は、対北朝鮮敵視政策を撤回しない限り、非核化交渉を夢見てはならない」という見解を発表し、韓米合同軍事演習の中止と対北朝鮮制裁の解除・緩和を要求しました。
 これを受けてムン・ジェイン大統領はこの年の4月11日にトランプと韓米首脳会談を行います。ムン・ジェインはトランプに、「非核化の定義とロードマップについて米朝で包括的合意を行い、それを段階的に履行していく」という「グッド・イナーフ・ディール(good enough deal)」を提案します。しかしトランプは、米国が求めているのは「ビッグ・ディール(big deal)」であり「北が非核化をしなければ与えるものは一切ない。金剛山、開城工業団地はダメだ」と韓国側の提案を完全に否定。ここから北朝鮮の対米政策と対南政策は変わり始めます。
 特に北はムン・ジェイン政権が世界最速・最強のF35戦闘機を40機購入することを国防中期計画(2020~2024年)で発表したことに激しく反発しました。北朝鮮の軍事的な弱点は空軍力です。しかも韓国は軽空母に垂直離発着機F35Bを搭載するための開発・研究を行うことも発表しました。これが実現すれば北朝鮮に海上から奇襲攻撃を加えることが可能になります。これに北朝鮮が黙っているはずがありません。キム・ジョンウン委員長はわざわざ金剛山まで出向いて、そこにあった南側の施設を全部撤去させ、開城工業団地にあった南北連絡事務所を爆破してしまったのです。さらに、停止していた弾道ミサイルの発射をこの年の5月から再開をします。そして2019年12月に開かれた中央委員会で正面突破路線に転換します。

「経済建設」から「強力な国防」へ
 「正面突破」とは、言い換えれば自力更生路線のことです。これは北朝鮮にとっては大変な負担です。さらに新型コロナパンデミックが追い打ちをかけました。ワクチンがない北朝鮮は原始的なコロナ対策を採りました。国境の完全封鎖です。自力更生路線の下で、原始的なコロナ対策を3年間も続けた北朝鮮は極めて苦しかったと思います。
 2021年に開かれた朝鮮労働党第8回党大会で、キム・ジョンウン総書記は「強力な国防力こそが朝鮮半島の平和と繁栄を担保する」という演説を行います。つまり、「南北和解協力と米国と国交正常化によって安定して平和的な外部環境を作り、経済建設に集中する」という路線から、「強力な国防力」路線へ転換したのです。今も北朝鮮の基本路線はこの第8回党大会路線と言っていいと思います。
 北朝鮮が「敵対的二国論」に転換する上で、「ダメ押し」となったのが、2022年に登場したユン・ソンニョル政権でした。ユン・ソンニョル政権は、「力の安保」価値観外交を展開しただけではなくて、「南北間のすべての敵対行為を禁止する」とした9・19軍事合意(2018年)を破棄しました。また後の「12・3非常戒厳(親衛クーデター)」事件(2024年)の捜査で明らかになったように北朝鮮に無人機(ドローン)を三回も飛ばしていました。しかも平壌のキム・ジョンウンの官邸上空に飛ばした無人機からビラを撒くという戦争徴発までしていました。
これが「ダメ押し」とはなって2023年12月、朝鮮労働党中央委員会は「南北は同族ではない」、それどころか、「敵対的な二国関係」だと規定したのです。(つづく)

※この記事は6月28日に京都市内で行われた金光男さんの講演を編集部の責任でまとめたものです。