
今年4月12日の自民党大会で高市首相は、来年春までに「憲法改正に向けた発議のメドをつける」という意欲を示した。先の臨時国会では改正国民投票法を成立させ、改憲へ歩を進めている。改憲の柱は、「憲法9条に自衛隊を明記」と「緊急事態条項の新設」の二つだが、前者についてその問題点を整理しておきたい。
「必要な自衛の措置」とは
9条に「自衛隊」を書きこむことにどのような意味があるのか。「すでに自衛隊は存在しているのだから、憲法に書きこんでもいいのでは?」と考えている人も多いだろう。実はこれが大問題なのだ。自民党が2018年に発表した「9条の2」の条文イメージは次のようなものだ。
第九条の二 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
② 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
ここで言う「必要な自衛の措置」とは何をさしているのか。そして「実力組織」としての自衛隊は、9条で禁じられている「戦力」とどう違うか。
これまで他国に戦争を仕掛けた国は、例外なく「自衛のため」といって自国の武力攻撃を正当化してきた。ウクライナに侵攻したロシア、ガザ地区でジェノサイドを行っているイスラエル、そしてイランを攻撃したアメリカも口をそろえて「自衛のため」と言いながら戦争を仕掛けている。
「専守防衛」による地理的制限
戦前の大日本帝国も「自存自衛」を大義名分として太平洋戦争に突入していった。その反省から、日本国憲法第9条では自衛権の行使を名目とした武力行使を一切禁じ、戦力の保持も禁じた。ところが、1950年にGHQの指示によって警察予備隊として発足した自衛隊は、年々装備を強化し、戦力=軍隊として実態を備えるようになってきた。日本政府は9条との整合性を保つための方便として「専守防衛」という用語を使用するようなった。
その定義が明確にされたのは1972年の田中角栄首相(当時)の国会答弁である。その答弁で「専守防衛」とは、「防衛上の必要からも相手の基地を攻撃することなく、もっぱらわが国土及びその周辺において防衛を行うこと」であると明確に定義され、日本が自衛権の発動として武力を行使できる地理的範囲が領土・領空・領海に限定された。こうして「専守防衛」を堅持している限り、自衛隊は9条で禁じられた「戦力」ではないと解釈されたのである。
「戦力」となった自衛隊
以降、40年以上にわたって「専守防衛」が日本の安保・防衛政策の基本方針となってきた。それを大転換させたのが、2015年に成立した安保法制だった。安保法制によって、それまで憲法で禁じられていた「集団的自衛権の行使」が可能になった。
集団的自衛権とは、日本の同盟国が武力攻撃を受けたときに、日本が武力攻撃を受けたとみなして同盟国を攻撃した相手国に自衛権を発動し、武力行使ができるというものだ。これにより相手国の領土内への攻撃も可能になり、それまでの「領土・領空・領海」という自衛隊の攻撃範囲に対する制限が最終的に取り払われてしまった。それは「専守防衛」を放棄したことを意味していた。
改めて確認しておきたいが、政府は「自衛隊は9条で禁じた戦力ではない。だから憲法に違反しない」と言い張ってきた。その根拠が「専守防衛」だった。ところが安保法制によって「専守防衛」を放棄したことによって、現在の自衛隊は憲法違反の戦力となっているのである。その自衛隊は、「自衛のため」という名目が成り立てば、「必要な自衛の措置」として他国を武力攻撃できる「実力組織(=戦力)」なのである。
自衛隊を憲法に明記することは、「戦争放棄」「戦力の不所持」「交戦権の否認」という日本国憲法の恒久平和主義の完全否定であり、9条に込められた過去の戦争の反省をすべて投げすてるに等しい。それは日本が「自衛という名目で他国に武力侵攻できる国」へ変貌するということだ。
2022年の安保3文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画)の改定では、敵基地攻撃能力を保持することが明記された。「反撃能力」という用語は、「敵基地攻撃能力」の単なる言い換えではない。「反撃能力」には、攻撃対象が「相手国の基地に限定されるものではない」という意味が含まれている。3文書の一つである「防衛力整備計画」には、長距離ミサイルの攻撃対象として相手国の「指揮統制機能」をあげている。何を持って「指揮統制機能」と言うかは、攻撃側の判断次第である。ウクライナのインフラ施設を攻撃していたロシア軍は、「ウクライナ軍の指揮統制機能への攻撃」と言って正当化していた。 「反撃能力」とは、攻撃対象を無制限に拡大する可能性を含んだ概念なのだ。
高市首相は昨年11月、国会で「台湾有事は存立危機事態」と発言し、「台湾有事」の際は、中国に対して集団自衛権を行使する、すなわち武力行使するという意思を示した。中国はその撤回を求めているが、日本政府はこれを拒否し、日本各地に長距離ミサイルを配備するなど軍備増強で応えている。この状況で9条に自衛隊を書きこめば、中国をはじめとする周辺諸国との軍事的緊張が高まるのは火を見るよりも明らかだ。それはアジアと日本の「平和と安定」に脅かし、再び81年前の破局への道に踏み出すことを意味するだろう。(深田恭二)
