
日本が韓半島を植民地支配しながら、「そうではないという建前」とするため、帝国陸軍は韓国皇族の李鍝(ぐう)公を陸軍中佐に処遇していた。広島に在任していた李公は、8月6日の朝、本川の西岸を馬で出勤中に、いまの平和公園の川の西向いで被爆した。
「韓国人慰霊碑」は、当初はその本川西岸にあったが、後に平和公園に移された。碑には、「李鍝殿下ほか二万余の霊を祀る」と刻まれている。徴用工とされた人たち、家族も含め、原爆当時の広島には、4万人を超える韓国・朝鮮人が住み、3万人前後が被爆死したとされる。
「6日の混雑」を避けてか、8月5日に碑前で慰霊祭が営まれる。碑は、亀の像の上に建っている。在日の知人に「なぜ、亀の背中に置かれているのか」聞いた。「韓国では、死者は亀の背中に乗って来世に向かう」という言い伝えがあるということだった。亀は朝鮮半島の方を向いている。(雅)
