
今から90年ちょっと前、1936年2月26日、「二・二六事件」が起こった。これが、軍部独裁の足がかりになった。このとき、「天皇は戒厳を宣告す」とし、行政権・司法権・立法権を軍が握り、軍事独裁となった。首都東京は軍事独裁下に置かれ、一切の言論・政治活動が禁止された。この「大日本帝国憲法」下で、「緊急勅令」が80回も乱発されている。関東大震災でも戒厳令が使われ、軍事独裁下となった。朝鮮人が大量虐殺され、青年労働者・社会主義者が虐殺された。緊急事態条項に治安維持法を組み入れながら、時の政治活動の一切を押しつぶしていった。
「大東亜共栄圏」への道
日本の軍事独裁は侵略戦争へ、「大東亜共栄圏」という大権益秩序の形成へと突き進み、300万人以上の日本国民と2000万人以上のアジア人民を殺害したのだ。緊急事態条項は「人間」を守るものでは全くない。時の「国家と体制」を守るために、国家権力が国家存立を維持するための権限である。天皇の発する「緊急勅令」は、天皇絶対主義の天皇主権国家を生み育て、天皇を指導・責任者とする「皇軍」を育て上げた。そして、植民地・侵略主義のアジア版モンロー主義、「大東亜共栄圏」を目指した。
ワイマールからナチ独裁へ
ドイツ、ワイマール憲法は、国民主権・議会制民主主義を採用し、はじめて社会権について定め、20世紀憲法の先駆けと言われていた。ワイマール憲法の四八条に「大統領緊急令」がある。非常事態に、大統領が強力な執政権を行使することを認めている。
ナチス・ヒトラー独裁は、この「大統領緊急令」を乱発した。国内暴動を「共産主義者によるものだ」とし、「ドイツ国民を防衛する大統領緊急令」を出した。政府批判を行なう政治組織の集会やデモ、出版活動などが禁止された。さらにヒトラーは、なりふりかまわず「国会議事堂放火事件」を自らの権力拡張に利用した。「国民と国家の保護法令」である。この法令は、ワイマール憲法で謳われた「個人の自由、言論と報道の自由、結社と集会の自由、郵便と電報の機密保持、財産と居住権の不可侵」などの、あらゆる基本的人権を無力化することとなった。
全権委任法
司法手続きなしに、被疑者を逮捕していった。ナチ党が過半数の議席を獲得した。1933年、ドイツ国会はヒトラーが要求していた「全権委任法」を可決した。内閣に権限を集中する全権委任法(授権法)をつくり、国会そのものを無力化した。ワイマール憲法に拘束されない、無制限の立法権を授権した。
ナチス以外の諸政党の強制的解体が始まった。全権委任法(授権法)、「民族および邦の危機を除去するための法律」…議会や大統領の承認なしに、政府が立法権を行使できる法律である。議会は単なるお飾りになった。この後、全権委任法(「授権法」)は猛威をふるい、ナチスに全権委任を許していく。ヒトラー内閣による事実上のクーデターだった。
共産党・社会党への弾圧と政党出版物の発禁処分、最後は政党新設禁止法をつくり、ナチ党を唯一の政党とし、労働組合を解散させていく。そして、「ドイツ国元首に関する法」をつくり、大統領と首相の役職を統一し、「ヒトラー総統」を誕生させたのだ。
「悪意法令」により、政府に対するあらゆる非難は重罪として罰せられ、「敵性」放送の聴取が禁じられ、暗殺、灯火管制時の略奪などの不法行為を裁く権能が加わる。これら「すべての不法行為」は死刑として処することができた。「国家と国土への裏切りに対する有罪判決」のための、「国民裁判所」を設置し、裁判官はヒトラーにより任命され、彼らの下した判決にはいかなる法的手段も許されなかった。ナチス体制の敵は、絶滅されねばならなかった。
差別と迫害への道
体制と相容れない自由主義者、キリスト教徒、保守層もナチスによって迫害された。権力の掌握とともに、ユダヤ人、シンティ人、ロマ人に対する差別と市民権剥奪、迫害が始まる。犯罪者、犯罪を職業とする者、常習的犯罪者、さらには同性愛者、精神病者、肉体的虚弱者が、国家社会主義的な民族共同体から閉め出された。「国民とは、その振る舞いにおいて忠実にドイツ人、並びにその同種の血統を有する国籍者」とする、「帝国国民法」であり、その上に「ドイツ人の血統並びにドイツ人の名誉の守護のための法律」を合わせる。ヒトラーの「人種戦争」の始まりである。
最初の犠牲者は、ドイツ国内の肉体的、精神的、知的、障碍者であった。1939年、開戦直後からドイツの医師たちは障碍者たちの「労働への適格性〉を検査した。労働の不向きとされた者たちは、〈治療―養護ホーム〉に偽装された絶滅施設で殺害された。戦争中におよそ20万人の障碍者が殺害されたという。組織的な人種殺戮戦争はユダヤ人虐殺をもって、その残虐さの頂点を極めた。およそ6000万人のユダヤ人が殺害された。
医師たちが、警官たちが、鉄道員たちが、毒ガス製造者や供給者、兵士、親衛隊、収容所所員たちが、この虐殺に加担をしていった。反対し、警戒する世論はあまりにも少なかった。国民主権や議会制民主主義の採用など、20世紀の先駆けとも言われたワイマール憲法は完全に死文化し、事実上の終わりを告げた。ヒトラーは独裁権を一手に握り、ユダヤ人迫害と対外侵略を繰返し、第二次世界大戦を引き起こした。(参考『ヒトラーとナチ・ドイツ』石田勇治:著)
緊急事態条項は、紛れもなく「独裁者の生産装置」そのものであることがはっきりする。こうして、危機の日常化が絶えることなく繰返されていった。

いま今日は、どうなのか
今の、高市政権のもとでは、どうなのだ。危機の日常が繰返されてはいないか。高市首相のいう「緊急事態条項」については、「緊急事態」を①大規模な自然災害、②感染症の大規模な蔓延、③内乱等による社会秩序の混乱、④武力攻撃、⑤これらに匹敵する事態と定義し、これらを「選挙困難事態」と認定し、議員任期延長を可能とする。また「国会による法律の制定を待つゆとりがないと認める特別の事情がある」場合に、内閣が権限を強化し、法律と同等の効力を持つ「緊急政令」を出すこととしている。五つの「緊急事態」を想定しつづけ、その内閣が「緊急政令」を出し、戦時独裁体制に移行していくことが狙われている。
緊急事態法は、九条改憲と完全に一体化したものであり、戦時型統治体制への転換を図るものであると言えないか。高市首相は言う、「日本国は自衛の為の戦力(国防軍)を持てる」「日本国民は、国防の義務を負う。有事の際(中略)私権の一部制限に協力する」とし、「非常事態」に対応するための条文そのものを新設し、「内閣総理大臣への権力集中や、国民の自由や権利の制限を書くべきだ」としている。
緊急事態法と九条改憲
繰返す。「日本国民は国防の義務を負う」とされるのだ。緊急事態法の新設と九条改憲は、戦時独裁体制への移行であり、戦時型統治体制への転換をはかるものだ。はっきりしているではないか。日本は、「平和国家」を投げ捨てた。軍事国家、侵略戦争国家になろうとしている。
日米安保のもとで戦後も、朝鮮戦争、ベトナム戦争で流された多くの血で潤い、戦後復興を成し遂げた日本。そして現在のイラン侵略戦争、これまでの一連のアメリカの侵略戦争と共に、世界支配の一角を担ってきた。今、憲法九条に象徴される戦後的制約の一切を取り払い、軍事的植民地主義の侵略主義国に大転換しようとしている。
私たちこそが「鬼に」
「ももたろう」の四番、五番、六番をもう一度繰返して謳ってみる。四番は「そりゃ進め そりゃ進め 一度に攻めて 攻めやぶり つぶしてしまえ 鬼が島」、五番は「おもしろい おもしろい のこらず鬼を 攻めふせて 分捕物(ぶんどりもの)を えんやらや」とある。六番は「ばんばんざい ばんばんざい お伴の犬や 猿 雉は 勇んで車を えんやらや」である。
高市首相の「桃太郎」は、「進め、進め、攻めて、攻めやぶり、つぶしてしまえと鬼ケ島」という。攻めて、攻めまくると、「おもしろい のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや」である。そして、「ばんばんだい、ばんばんだい」と「えんやらや」である。とんでもない桃太郎が、登場した。もう一度、言ってみよう、ここで高市・桃太郎を苦しめる、苦しめ倒す鬼に、鬼になってみようと思わないか。(嘉直)
